辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する
 サリーシャは社交界で『瑠璃色のバラ』と二つ名を持つほどの美女だという。しかし同時に、報告書では背中に大きな傷を負い、恐らくその傷痕は酷いものだろうと記されていた。
 貴族令嬢の身体に消えない大きな傷があっては、着ることができるドレスも限られる。美女である優位点を打ち消すどころか、大幅なマイナスだ。さらには、彼女がもともとは貧しい農家の娘であることも明記されていた。

「なぜ、サリーシャ=マオーニなんだ?」

 モーリスは窓の外を見つめるセシリオを見やった。
 わざわざ体に傷を負った庶民出の娘など迎えなくとも、アハマス辺境伯の妻の座を是非娘に務めさせたいと思う貴族連中はごまんといる。セシリオの人となりをよく知るモーリスからすれば、彼が『瑠璃色のバラ』という言葉に踊らされたとも思えなかった。

 セシリオはチラリとモーリスを一瞥すると、すぐにまた窓の外を見つめた。

「どうしようもなくやるせない気分だった時に、彼女の言葉に救われたんだ。彼女が窮地なら、今度は俺が助ける番だろう?」
「救われた? 向かうところ敵なしのおまえが?」
「ああ」

 セシリオは小さくそれだけ言うと、それ以上は話すつもりはないようで口をつぐんだ。そして、眼下にまっすぐと伸びる王都への街道を、ただ静かに見つめた。
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