辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する
 要塞のような屋敷に入ると、真っ先に目に入ったのは大きな玄関ホールだった。よくある中央から上に伸びる螺旋階段はなく、かわりに左右に長い廊下が伸びていた。床は一般的な絨毯敷ではなく、灰色と黒色の石タイルだ。

「この屋敷はアハマスの要塞を兼ねている。右側が生活空間──つまり、きみがこれから暮らすスペースだ。左側は多くの軍人たちの職場になっている。俺の執務室もそちらにある」

 セシリオは玄関ホールから左右に伸びる廊下をそれぞれ指さしながら、サリーシャに説明した。サリーシャは左右を交互に見比べる。パッと見る限りではどちらも長い廊下が続いており、同じように見えた。

「つまり、わたくしのような者はあちらには行かない方がよいということですわね?」
「いや、きみはアハマス辺境伯夫人になるわけだから、自由に出入りしてくれて構わない。だが、あちらに行ってもあまり楽しいものはないな。それに、国防に関わる機密も取り扱っているから……」

 サリーシャはそれを、「来てはいけない」と受け取った。
 サリーシャは傷物だ。それも、ちょっと見逃せるレベルをとうに超えた、とても大きくて醜い傷を負っている。このことがセシリオに知られれば、きっと自分は捨てられるだろう。去ることが確定しているのに、機密を扱うような場所に近づくべきではないと思った。
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