辺境の獅子は瑠璃色のバラを溺愛する
 純朴そうな彼女の話す内容は領地の畑のことだとか、屋敷の馬の出産を手伝っただとか、おおよそ化粧と香水の匂いをぷんぷんとさせた典型的な貴族令嬢──もちろん、サリーシャもその一人だ──しか周りにいなかったフィリップ殿下にとって、とても新鮮だったのだろう。

「この部屋で待っていれば大丈夫だろう」

 控室の前まで案内したフィリップ殿下はドアの前に立つ衛兵に二、三言なにかを告げると、彼女に向き直った。

「ありがとうございます。あの……、お優しいお方。お名前は?」
「君がデビューすればすぐにまた会えるだろう。そのときまで、秘密にしておこう」

 そう言ってエレナの手をとり、甲にキスをした。そのとき、エレナの頬が染まり、フィリップ殿下の瞳には熱がこもるのを、サリーシャは確かに見たのだ。

 ああ、こうやって人は恋に落ちるのね、と妙に冷静に二人を見つめる自分がいた。
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