冷徹社長はかりそめ妻を甘く攻め落とす

「はい……すみませんっ……」

もう耐えられなくて視界が潤むが、できるだけ上を向いて涙がこぼれないよう堪える。この場で瀬川さんの妻が泣くなんて許されない。

「瀬川社長。すみません、私のジャケットが合えばよかったんですけど。けっこう細身のものだったので」

もうやめて。

「べつに必要ありません。他人とサイズが合わないのは当然ですし、借りる意味もないですから」

「そうですね。サイズもですけど、デザインも……ふふふ。独特で」

変だと言われている。自分にはファッションセンスがないと常々思ってはいたけれど、実際に笑われるとキツい。
もう消えてしまいたくて、目を瞑ると──瀬川さんが手を握ってきた。
その手からピリッとした感覚が流れ込んでくる。

「……私の妻にワインをかけておいて、ヘラヘラしないでもらえますか」

彼の言葉は冷やかしの空気を一掃し、女性たちの表情を凍りつかせた。
ふたりは顔を見合せ、バツが悪そうに口をつぐむ。

私は瀬川さんに手を引かれながら、エレベーターホールへと向かった。
< 75 / 143 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop