貧乏伯爵令嬢の世にも素敵な!?婚活事情
「ジェシカ、今日は王都を案内しようと思う」
「王都はすごく賑やかなんですってね。楽しみだわ」

自身が贈ったドレスで着飾ったジェシカは、本当に美しかった。それに気をよくしたフェルナンは、馬車に隣り合わせで座り、彼女の小さな手を取って口付けた。

「可愛いジェシカ。君をもっと、私のものにしたい」

真っ赤になったジェシカに満足したフェルナンは、その後暴走した。
到着するまでの間、ずっとジェシカに触れ続けるフェルナン。彼女の髪を掬って口付け、手の甲を撫で、肩を抱き寄せ耳元に口を寄せ……合間に挟むのは彼女の美しさを称賛する言葉と、ほんの少しだけ告げるこの後の予定。
フェルナンと打ち解けてきたとはいえ、恋愛経験のないジェシカに、この甘々な攻撃はなかなか刺激が強すぎた。

(う、嬉しいけれど、ドキドキしすぎて心臓が壊れてしまいそうだわ)
嫌じゃない。嫌じゃないけれど、とにかく恥ずかしい。

そうこうしている間に連れてこられたのは、王都の一角にある美しい噴水の広場だった。流れる水は、陽の光を反射して七色の奇麗な虹を作り出している。辺りには花々が植えられ、時折小鳥が舞い降りる様子には、ここが王都であることを忘れてしまいそうになるほど長閑で美しい。
フェルナンはジェシカをエスコートして、花々の間に置かれたベンチに座らせた。

てっきり彼も隣に座るものだと思っていたジェシカは、フェルナンが突然自分の前にひざまずいたことに心底驚いた。
フェルナンは落ち着いた様子で〝ジェシカ〟と囁きながら手を取ると、じっと視線を合わせてきた。
その瞬間、ジェシカには鳥のさえずりも噴水の音も、何も耳に入ってこなかった。咲きほこる花々も水に映し出された虹も、一つも視界に入らない。
まるで、この世界には自分とフェルナンしかいないような錯覚に陥っていた。

「ジェシカ・ミッドロージアン」

そのかしこまった声音に、さすがのジェシカもフェルナンがしようとしていることを察した。今までにないほどドクドクと強く速く打ち付けてくる胸が苦しかったけれど、ここは一言も聞き漏らしてはいけないと、瞬きも忘れて一心にフェルナンを見つめた。

「は、はい」

「私はあなたの明るさ、優しさ、聡明さに、どうしようもなく惹かれてしまった。一緒に過ごす時間は何時でも楽しく、あなたへの愛しさは募るばかり。一日を共に過ごしたというのに、別れた途端にまた会いたくなる。あなたのことばかり考えて、苦しくなるほど」

(私と同じだわ。大人なフェルナン様ですら、同じ気持ちになっていたなんて……)
頬を赤らめ、気恥ずかしさから俯きそうになるのをぐっとこらえたジェシカは、わずかに潤んだ瞳で一心にフェルナンを見つめ続けた。

「ジェシカ。私はあなたのことを、誰よりも何よりも愛している。一生、あなただけを愛し、守ると誓う。どうか私の求婚を受け入れてくれないだろうか?」

ジェシカの頭の中から、弟妹や領地のことなどの懸念事項は一切なくなっていた。あれほど条件の良いお相手をとオリヴァーに言われて、渋々ながらにも従ってきたのに、そんなことも全て頭にはなかった。
あるのはただただ喜びと、自分もフェルナンを愛しているという気持ちだけ。

「はい。よろしくお願いします」

やっとの思いで告げた言葉はややかすれ気味の声で小さかったものの、目の前のフェルナンにはしっかり伝わった。
がばりと抱きすくめるその逞しい背中に、ジェシカはそっと手を添えた。
(恥ずかしいけれど……フェルナン様に抱きしめられると、なんだかほっとするわ)

しばらくしてフェルナンはそっと体を放すと、流れるような仕草でジェシカの顎を掬い、その苺のように赤く熟れた小さな唇に自身のそれを重ねた。

ポーッとしたままのジェシカにくすりと笑いをこぼしたフェルナンは、彼女が呆けているうちにと王都でも有名な宝飾店に連れ込んだ。そこであらかじめ頼んでおいた指輪をジェシカに贈った。
さすがにサイズまではわからなかったため、直しが必要でその日のうちには受け取れず。代わりにと、自分の瞳の色に近いマンダリンガーネットを中心に据えた豪華なネックレスを購入し、ジェシカの正気がもどりきる前にその白くほっそりとした首につけてしまった。〝次の夜会にこれをつけて一緒に参加して欲しい〟という言葉を添えて。
もちろん、フェルナンは指輪の直しが必要なことも想定していたし、それは代わりのものを贈るための口実でもあった。

フェルナンは、その日は先に約束していなかったことと、彼にとっては一番手ごわい相手であるオリヴァーが不在だということで、ミッドロージアン邸へ上がることは控えた。だが、そこでも一言、〝後日、改めて挨拶に伺わせてもらう〟と添えることも忘れなかった。決して、マーカスに許しを請うようなものではない。もはや、事実上の婚約宣言だ。

かくしてその数日後、正装姿のフェルナンはミッドロージアン邸を訪れ、少しの反対の声も上がらせないままジェシカと婚約を結ぶことに成功したのだった。

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