関係に名前を付けたがらない私たち
―――うるさい。うるさい。うるさい。
 耕平にそんなこと言われたくない。俺が幸せにしてやるって一度も言わなかったくせに。

 言い返してやりたかったのに、耕平の表情を目にしたら何も言えなくなってしまって、私はむっと口をへの字に曲げた。

「じゃ、またな」

 踵を返して歩き出した耕平は私を振り返りもしない。
 それなのに知り合いなのか、少し前に流行ったギャルメイクの女の子に「お疲れ様でーす」と挨拶をされて、「お疲れ。仕事帰り?」とにこやかな笑顔で足を止めた。
 すぐそこに、私がいるのに。全く気にした様子もなく。

「今日どうだった?」
「めっちゃ暇でしたぁ」
「まあそういう日もあるよなぁ」
「耕平さんも今度飲みに来てくださいよぉ」
「いいよ。指名するよ」

 媚び媚びの女の子の上目遣い、わざとらしい舌足らずな話し方。
 耕平は色目を遣われていることすら気付いていない様子……いや、そんなことないか。色目くらい気付く人だ。でも、そういうのに動揺しない程度には女にモテる人だった。

(なんか私。フラれたみたいになってない?)

―――ムカつく。ムカつく。ムカつく。

 苛立ちが原動力になったのか、足が勝手に動き出す。耕平に背後から接近した私は、勢いよく彼の腕に飛びつくように纏わりついた

「耕平、遊びに行こっ」

「うわっ、びっくりしたー! なになに、どうしたのあいぼん」

 本当にびっくりしたらしい。首を巡らせた耕平は、腕にまとわりつく私の姿に目を白黒させている。

「遊びに行こって言ってるの」

「今から?」

「うん。あ、もしかして私、邪魔?」
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