関係に名前を付けたがらない私たち
8章

*関係に名前を付けたがらない私たち

 耕平を最後に見たのは、まさかのテレビ画面の中だった。

 笑っちゃうくらいの悪そうな顔をマスコミに切り取られたのか、そんな顔、私ですら見たことがないほど、それはもう凶悪な人相だった。
 今なら悪そうな顔選手権に推せるのに―――

 けれど、手錠をかけられた手を、白い布で覆い隠して連行される耕平の姿が報じられたときは、ネットの匿名掲示板で「なにあのイケメン」「イケメン過ぎる詐欺師」とちょっとだけ世間をざわつかせた。

 この頃は既にインターネットが随分身近になり、2ちゃんねるやmixiなるものが流行っていた。
 すっかり私も2ちゃんねらーになり、耕平に関する事件のスレッドを探しては、繰り返し目を通していた。

 確かに耕平は昔からイケメンだった。
 だって私は無類のイケメン好きだから。

 でもいくらイケメンでも、耕平は犯罪者。

 全国に『畑田耕平』の名前が流れたとき、畑と田んぼを耕す平たく、この名前をつけたのは耕平のおじいさんなんだよ、と内心で呟いた。

 多分そんな情報を知っている人は、私くらいだろう。
 いや、もしかしたら案外これって耕平の持ちネタみたいなもので、どこでも誰にでも言っていたのかもしれない。

 優希とは一時は破談寸前まで話が及んだ。
 もう20年近く昔のことだ。

 私のほうから「もう別れてくれていいよ。じゃなきゃ優希は許せないでしょ、私のこと」と切り出した。
 1ヶ月近く会話もなく、いつも苦しそうに眉根を寄せている優希の姿を見ていられなかった。
 優希は美容師だからお客さんの前では、どんな心境であっても、笑顔でいなければならない。

 それなのに優希から笑顔を奪ったのは他ならぬ私だ。
 私と別れてしまえば、彼を煩悶させる原因がなくなる。

 だから私は、ボストンバッグに適当な着替えを詰め込んで、実家に帰ることにした。
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