あの日溺れた海は、

 
「で、ペソのだいぼうけん4を書いたのかい?」
 
 
 
毎日学校が終わるとまっすぐ家に帰ると自分の部屋に籠ってコツコツと書き連ねていった冒険日記は一か月ほどで出来上がった。


そんな努力の結晶をどうしても父に見てほしく、夕食後に原稿用紙の束を持って、父の書斎へと駆けつけた。
 
 
「ふうん…どれどれ…」
 
 
父は普段仕事でしているように赤ペンを手に持ち校正の準備をするとわたしから渡された原稿用紙を読んでいった。
 
 
 
「すごく面白いよ、はな。さすが父さんの娘だな。…そうだ、これコピーしてもいいかい?」
 
 
物語なんて人生で初めて書くわたしの文章はきっと出版社勤務の父からみたら稚拙なものだっただろうが、父から思いがけない最上級の褒め言葉をもらって上機嫌だったわたしはコピーをしてどうするのか考える間も無く快諾した。
 
 
 



 
「はな!おいで!」
 
だいぼうけんを一気に書き上げて燃え尽きたのか、それからしばらく文章を書くことはなくなっていた。


そんなある日、父が帰ってくるなりリビングから華を呼んだ。
その声に従ってリビングまで出ていくと、父はその手に封筒を持っていた。
 
 
「この間はなが書いた小説をコピーしただろう?それをこのペソのだいぼうけんをかいた人に渡したんだ。そしたらこんなお手紙をもらってきたよ。」
 
 
あとで聞くとあのペスのだいぼうけんは父が担当した作品だったらしい。

作者はあの本を書いたはいいもののなかず飛ばずでなんとか3巻まで発売に漕ぎ着けたがそれを最後に小説家を辞めてしまったんだその時父から聞いた。



そんな作者と久しぶりに連絡を取って、わたしが書いた小説を渡してくれたようだった。
 
 
 
初めて書いた作品がまさか作者の元に届くとは、しかもお手紙までもらえるとは思ってなかったわたしはドキドキしながら封筒の中から手紙を出して読んだ。
 
 
手紙の内容は、ペソのだいぼうけんを読んでくれてありがとうという感謝と、書いた小説を読んだ感想、そして最後には「君ならきっと小説家になれる。」と整った字で書かれていた。
 
 
本物の小説家(だった)人から「小説家になれる」と言われたのが嬉しくて何度もその文字を指でなぞっては頭の中で反芻させる。
 
 
 
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