あの日溺れた海は、

怒られることよりも、失望させることの方が怖い。

おじいちゃんは、わたしが書く文章をほめてくれて、わたしが賞を獲るたびに一緒に喜んでくれて、『井上さんは絶対にいい小説家になれるよ。』なんて持ち上げてくれる。

そんな優しさを持つおじいちゃんだからこそ怒ることはなくても、コンクールに出せないと知ったら落胆してしまうかもしれない。それがなんだかすごく嫌だった。





次の日の放課後。部室に鍵を取りに行くついでに、原稿が失踪したことを話そうと思い、意を決して職員室に入室した。

真ん中のあたりにある机の島は、もう部活の監督に出ている先生が多いのか、半分以上が空いてた。

おじいちゃんの姿も珍しくそこになく、周りにいる先生にどこにいるのか聞いていみようと思ってあたりをきょろきょろ見渡す。



「近藤先生は今少し席を抜けているそうです。」


そんなわたしに気づいたのか、おじいちゃんの席の向かいに座る、副担任の先生が声を掛けてくれた。


「あ、えっと…。」

副担任ということは覚えているのに名前が思い出せず言葉に詰まっていると「わたくしが鍵を預かってますから、どうぞ。」と、その先生はわたしの目の前に部室の鍵を差し出したのでわたしはお礼を言って受け取った。


人の名前も顔も覚えるのは苦手なんです、ごめんなさい!と、心の中で土下座して、職員室を後にした。


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