あの日溺れた海は、
「なんて顔してるんですか。」
先生はフッと短く笑いながらテーブルの上にあった箱ティッシュを引き寄せて渡した。小さく感謝を述べるとティッシュを引き抜いて涙を拭いた。
「ごめ、なさ、い、」
ぼやけた視界の中おそらく困った顔をしているだろう先生にとりあえず謝罪した。
「謝らないでください。」
いつもからは想像もできない程優しい声音がわたしの心に触れた。だからもっと涙が出てきた。
「すみません、自分でも、わからなくて、何でこんなに涙が出てくるのか…。」
少ししてようやく泣き止んだわたしは、ぐいっとティッシュで乱暴に最後の涙を拭き取るとそう言った。
そんなわたしを見て先生はフッと笑った。
「本題からズレましたね。人を好きになるっていうのは…難しいですね。その人の事が大切で、その人が幸せならなんでもいいはずなのに、こちらを見て欲しくなる。そんな矛盾した気持ち、です。」
いつになく穏やかな表情を浮かべてそう言う先生に、わたしは目が離せなかった。
先生は愛を語る時、こんな優しい表情をするんだと思って、すぐに真っ赤になった顔を隠すように俯いた。