あの日溺れた海は、
3月の砂浜は、少し冷たい空気が漂っていた。
合宿の時とはまた違う澄んだ空気感に目を瞑って深呼吸をすると気持ちを落ち着かせた。
「井上さん。」
振り向くとすぐ後ろに先生がいた。その距離の近さに未だに慣れずにドギマギしていると、わたしの手が先生の温もりに包まれた。
「誕生日ですから、これくらいいいですよね?」
そうやって悪戯な笑みを浮かべて聞く先生の言葉にわたしはただ頷くことしかできなかった。
先生の手がわたしの掌に重なっているところだけがじんじんと熱をもって痛い。気がした。
「大丈夫、ですか?」
わたしが発作を起こさないのか、いちいち聞いてくれる優しさにさえドギマギしながら「はい。」と短く答えた。
しばらくしてお互いの体温が重なり合って同じ温度になった手にまだ気を取られてうまく返事ができない。
そんな私の様子を少し勘違いしたのか、
「大丈夫です。井上さんに何かあっても、私が守りますから。」
と言う先生に、それは今だけの話ではなく、これからもずっと永遠に、と言われているような気がして、「…はい。」と更にぎこちない返事をした。