あの日溺れた海は、
自然と寄せる波に目を向けた。
寄っては泡となって消えていく波。
見ていて特別面白いものではないけれど、そこに目を向けるしかなかったからただひたすらに見つめた。
「井上さん?」
先生に再び呼ばれて、その声が少し不安げだったので反射的に先生の方へ振り返った。
その声色の通り先生は眉間に眉を寄せていた。
「先生…?」
なぜそんなに不安げなのか不思議で、恥ずかしささえも忘れて先生を見上げると、先生は気まずそうに視線を逸らした。
先生の感情が読み取れず頭に?を浮かべながら隣に並ぶ先生をじっと見つめていると、先生はついに歩みを止めてしまった。
「せん「ごめん、少しだけ。」
急に立ち止まった先生に堪らず声を掛けるとそれを遮って先生はそう言い放った。
え、と考える隙もなく、先生にきつく抱きしめられた。
「せんせ、」
あまりにもぎゅっと抱きしめられるから、すこし苦しささえも感じた。
それでも先生は抱き締める力を弱めなかった。
かわりに弱々しい声が聞こえてきた。
「井上さんが、あまりにも可愛らしいから…こうして、抱きしめてる所存です。」
その声色とは裏腹に変に説明口調な先生の言葉に吹き出した。
「…わたしは、どこへもいきませんよ。」
そう言って、わたしも自然と先生の背中へ腕を回した。すると更に強く胸に抱き寄せられた。
この感覚。
息をするのもやっとで。
まるであの日の海の中のよう。