S系敏腕弁護士は、偽装妻と熱情を交わし合う

株式譲渡契約を結ぶため、二日間の出張だ。仲介から受け持ったM&Aがいよいよ最終段階に至る案件があり、譲渡先の企業へ訪問することになっていた。


「かしこまりました。では三十分後によろしくお願いします」


野々原と別れて二十九階のフロアに行くと、そこに珍しく菜乃花の姿があった。


「菜乃」


通路に誰もいなかったため遠慮なく手招きで呼び寄せる。
周りを伺うようにしてから朋久のほうに早足でやって来る姿が、用心深い仔猫のようでかわいらしい。


「京極先生、お疲れ様です」


ほかの人の目がないとわかっていても律儀に公私を区別する菜乃花の真面目さは誇り高いが、その堅さを崩したくなる危険性も孕んでいるのを彼女は知らない。


「菜乃、おいで」
「ひゃっ」
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