恋降る日。波のようなキミに振り回されて。

第11話 けものみち

 月先輩がすぐ後ろにいて自分について来ている。わたしは心からキャンプ場の敷地とけものみちが明るく光ってくれるよう願った。それも虚しく魔法は起こらない。テンが意地悪で魔法を使わせてくれないだけなのではと疑うばかり。月先輩をつまずかせて足でも怪我させたらどうしようか。そればかりが気になる。

「先輩、大丈夫ですか」
「走るんじゃなかった?」
「でも、暗いんで。それに道はどんどん狭くなって曲がったりしているので」
「僕、まだ見えてるよ。走ろう」

 先輩の挑発にわたしは心を逆なでられじわじわと進むスピードを上げながらキャンプ場の駐車場を出た。

「先輩、こっちです」

(もうこうなったら突っ走ってやる。月先輩が悪いんだ。田舎の暗さをなめている。コケて思い知ったらいい)

 ついさっきまで心配していた心をかきけして、走りながら車道を横切り、細い人道に入って左に曲がって下る。そこからすぐに右に曲がってけものみちに入る。入口から狭いこの道はそこを通るしか他ないのだが、竹が根を張り下はでこぼこで、横から上から笹竹が枯れ折れていた。その上、右に左に曲がっていて、まったく人工物がない空間である。ガサガサと二人分の音が真っ暗闇にくすぶって聞こえてると意識した次の瞬間、無音になった。けもの道を抜けてお墓に着いた。

「先輩ここです」
「ああ」
「奥の方にうちの墓あるんでそこで待っててください」
「僕も行く」
「お墓には着いたんですから、もうここまでにしてください」
「矢歌、僕が何かにつまづくとか思ってない?」
「それは、まあ、心配なんで」
「ここまで無事だったろ」
「ええ」
「だから、行くよ」

 仕方なく、後ろから先輩に歩いてもらった。父さんの実家のお墓に着くと私は手を合わせた。

(南無阿弥陀仏。こんばんはおじいちゃん達。私は元気です。ろうそく借ります)

 そう天国のご先祖様に伝えて、ろうそくを取ろうとしたら、横で月先輩も合掌していた。なんて律儀な人なんだろうかと思いながら、木箱を開けロウソクを3本拝借した。そしていつもの流れで、奥にあるお墓にも手を合わせた。

「矢歌、この小さい石、いくつかあるっぽいけど何?」
「昔の小さい子のお墓なんだそうです」
「そっか」

 それだけ言って、先輩はまた合掌していた。さっきまでムカついていたけど、急に小さなドキドキ音がしてきた。墓地にいるというのに何たる心だ、無事に帰るまでがこのミッションではないかと、わたしは雑念を振り払い、お墓を後にする。天国にいる子どもたちがこっちを覗いて面白がって笑ってるような気がした。

「帰りは僕が、前行っていい?」
「それは無謀では」
「大丈夫だよ」

 そう言って先輩は笹竹の中に入っていった。思ったより順調に進む先輩に驚く。道を覚えているみたいだった。人道に戻って、左に曲がり、道を上って右に曲がりなら進む。車道を横切り、キャンプ場の手前まで来た。駐車場を横切りって、ホントに何もなくて良かったと肩をなでおろす。先輩と宿泊棟に向かったが、何かがお墓に行く前までと違った。

「あれ、なんか」
「人がいないな」

 月先輩も異変を感じ取ったようで、あたりをきょろきょろと見渡した。みんな海辺に行ったのかと思い、わたしは砂浜の方に少し行ってみたが、人気がない。なんだか不安になってきた。

(何か、わたし、魔法発動させた?)

 そんな事考えながら宿泊棟に向かって歩いていると、月先輩が手招きしている。何か分かったのかもしれないと思ってホッとする。月先輩のいる外灯の下まで近づいた。

「ごめん。僕に連絡入ってた。去年、夜に案内してくれた所があっただろ。そこにみんな移動してるんだって」
「あぁ、なんだ、そんなことか」
「島の呪いでみんな消えたかと思ったな」
「なんですかそれ!」
「はははっ。怒るなよ」
「怒ってません」

 月先輩はまだ笑っている。本当に怒ったんじゃない。焦ったのだ。自分の魔法が呪いに変わってしまったのかと思ったからだ。それにしても移動するなら、わたし達を待ってからでも良かったんじゃないかと思ったが、陸上部・テニス部大移動には時間がかかるとみゆきが判断して、先に出発したのだろうと推測できた。月先輩とわたしはまたキャンプ場を離れ、今度は車道沿いを左の方に歩いた。ふとわたしは思ったことを口に出してしまった。

「先輩、さっきの道行けたんなら、この道路じゃなくて近道行っても大丈夫ですか?」
「そんなのあるの?」
「ええ。去年は危ないと思って通らなかった道です」
「いいよ」

 快諾してくれた先輩にお礼を言って、車道沿いの途中から脇に逸れた。外灯は確実に無くなっていっているが車が通れる道だから余裕だと思ってわたしは走った。先輩の方が確実に足は速いだろうけど、この道じゃ島民のわたしの方が速いはず。足の速さで優位に立てような錯覚を起しながら、わたしは道を上がり、そして一気に下がって行った。

「ちょっとちょっと」

 その声と共に先輩の片手が私の上着の裾を掴んだ。それに反応して止まったら、勢い余った先輩とぶつかってよろけて二人で転んでしまった。

「っつ、急に何ですか」
「あのさ、さっきの道は狭くて草が体に当たって自分がそこにいるのがわかったんだけど、この道割と広いから、何も目印なくてさ、自分だけがいるみたいで、わからなくなって、、、」
「そういうふうに感じた事なかったです」
「ごめん。コケさせて」
「いえ。大丈夫です。先輩は?」
「僕も大丈夫」

 わたしも先輩も起き上って、ズボンに付いているであろう枯葉を手で払った。何もなかったから良かったものの、この道を行こうと自分が誘った手前、責任を感じた。

「先輩、手、つなぎます?」
「ああ、情けないけど助かる」
「服の端っこを持ってくれてもいいんですけど、走れないし子供っぽいし」
「矢歌、笑ってるだろ」
「暗いからわからないでしょ」

 そう言いつつ笑っていたら、先輩がわたしの左手を探すようにつないできた。辺りの闇から噂話をされているように気になったわたしは、暗闇に隠れた恥ずかしさが先輩に見つかりませんようにと願いながら、つないだ手を強くもなく弱くもなくと力加減を意識して先輩より前を走った。下った先は例の海岸線だった。人の声がする。

「無事着きました」
「矢歌、たくましいな」
「ここは生まれ育った場所なので」
「そうだな。僕もこういうところで育っていたら何か違っていたかもしれない」

 そんな言葉を残して、先輩は明りのある合宿メンバー方に急いだ。去年より盛り上がりをみせる花火大会。先輩の言葉が暗闇よりも切なかった。

つづく
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