恋の誘導尋問~恋に不器用な先輩に捕われたい~
***

 そんなに長風呂をしたわけではない。むしろ、シャワーを浴びていた時間のほうが長かったと思う。澄司さんが触ったところを念入りに洗ったことが、私をそうさせたのだけれど、お風呂からあがって最初に目に留まった現状に、ひどく戸惑ってしまった。どれくらいの時間がかかったのかを、改めて考えさせられるくらいに。

「あの、佐々木先輩なにを?」

 いつ帰宅したのかわからない佐々木先輩に、恐るおそる声をかけた。キッチンでせわしなく動いている大きな背中――耳に聞こえる揚げ物の音やいい匂いで、なにかを作っていることが明白なれど、いきなりな展開に訊ねる言葉が詰まった。

「肩までお湯に浸かって、しっかりあたたまったのか?」

 振り返らずに問いかけた佐々木先輩は、まるでお母さんみたいなことを口にする。のぼせるのも嫌だったこともあり、しっかりあたたまったことを確かめられたら困るなぁと思いながら返事をする。

「ちゃんとあたたまりました……」

「そうか。勝手にキッチン借りた。もうすぐ夕飯できるから、そこに座って待ってろ」

「佐々木先輩に夕ご飯を作っていただくなんて、とても畏れ多いです!」

 両手に拳を作って豪語すると、佐々木先輩は首だけで振り返り、冷凍庫を開けたときに出てくる、冷気を含んだまなざしで私を見下ろす。

「あのさ松尾を助けるのに体力を使ってしまって、かなり腹減ってるんだけど」

「あ……、はぃ。そうですね、あれは確かに体力を使います」

 佐々木先輩が抱えているであろう仕事を終わらせて、澄司さんの実家まで足を運び、私から奪取するのに汗だくになりながら力技を駆使していた。お腹がすかないわけがない。

「松尾もいろいろあって疲れてるだろ。こういうときくらい甘えてほしい」

 持っていた菜箸をキッチンに置き、私の肩を掴んでローテーブルの前に強引に座らせる。すかさず目の前に差し出される冷たいお茶に、ふたたび恐れおののいた。

「佐々木先輩、いろんなことでお世話になりっぱなしで、本当にすみません」

「すみませんじゃなく、ありがとうって言ってほしい」

「でも……」

「俺は松尾の彼氏で、大事な彼女に尽くしたいと思ってるから、料理を作っているだけ。まぁ俺の腹の具合も、かなり関係しているけどさ」

 お腹を擦りながらカラカラ笑う佐々木先輩を前にしたら、笑わずにはいられなかった。言葉どおりに、彼氏に甘えることにする。
< 75 / 110 >

この作品をシェア

pagetop