恋の誘導尋問~恋に不器用な先輩に捕われたい~
「佐々木先輩の気持ち、というと――」

 私の髪を絡める人差し指から視線を移動させて、佐々木先輩の表情を窺った。さっきから、変な冷や汗が流れている。イケメンからの唐突な接触は、マジで心臓に悪い!

「俺をまったく意識していないから、松尾の口から童貞なんていう言葉が飛び出てくるんだ。というか直接言われたせいで、呆気にとられてしまった。普通は『女性経験はおありですか?』という具合に、うまくボカして訊ねるよな」

 まるで上司から仕事でミスったときのように、くどくど小言を告げられるせいで、私のテンションが一気にだだ下がりする。頬の熱も今はなく、皮膚の緊張感から笑顔も引きつり笑いになっているっぽい。

「松尾がこんなに、おもしろキャラだとは思いもしなかった。だからそうだな……」

 人差し指に巻きつけた髪が、自然と解かれた。フリーになった佐々木先輩の指先が、私の目尻に優しく触れる。

「松尾を泣かせてみたかも」

 そのセリフに即答したかった。「泣かせるなんて、なにをしようと考えてるんですか」って。だけど言葉にできなかった。佐々木先輩の声がいつもより少しだけ低く掠れていて、艶っぽく耳に届いてしまったから。

 目尻に触れている指先から熱が伝わり、顔全部が赤くなるのがわかった。

「いつも笑顔の松尾が俺を意識して、胸が痛くなるくらいに好きになったときに、苦しくて泣いてしまう顔が見てみたい」

 元彼が同じことを言ったなら、キザなことを言ってんじゃないわよと、ゲラゲラ笑いながら馬鹿にできるというのに、佐々木先輩相手にそれは無理な話だった。

 真剣味を帯びたまなざしから、どうしても目が離せない。

「どうやったら松尾に、好きになってもらえるんだろう。なんだったらこのあと、俺が童貞じゃないことを確かめに行く?」

「むむむっ、無理です。佐々木先輩に見せれるような下着を、今日はつけていないので!」

「プッ! 期待を裏切らないその答え、松尾らしいのな」

(だって本当に、見せられない下着なんだもん。上下がバラバラな上に、色気がまったくない、くたびれたものなんだよぅ。体型も同様だったりする……)

 目尻からもう一度頬に触れるなり、軽く抓ってから手が引っ込められた。その後、佐々木先輩はおかしいと言わんばかりに笑い倒したあとに、喉を潤すようにビールをあおり、テーブルに頬杖をつく。

「俺は別に、下着なんてものには興味ない。その下がどうなってるのか、気になってるだけだ」

「その下って、佐々木先輩ってばエロい!」

「ほほぅ、俺の言葉のどこら辺がエロいのか、松尾にきちんと説明してほしいな。具体的に!」

 こうして佐々木先輩に散々からかわれたせいで、元カノのことを煙に巻かれてしまった私。口達者な先輩を相手にしている時点で、勝敗が決まっていたのだった。
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