バカ恋ばなし
私は石家先生を見つけた途端に恥ずかしくて思わず床へ視線を逸らしてしまい、下を向きながら改札口を出て真っ直ぐ彼のいる方向へ向かった。嬉しさと恥ずかしさが激しく入り混じり、混乱していたが、それでも私はうつむきながら石家先生めがけて歩を進めた。石家先生の目の前に着いてとき、私は恥ずかしさを必死で払いのけながら彼の顔を見上げた。
「お疲れ様です先生~!」
私はカァ―っと火照った顔を最大限にクシャっと笑顔を作った。
「おつかれ~久しぶり!」
石家先生はクシャっとした笑顔を見せた。石家先生は以前会った時と同じように赤いダウンジャケットとチノパンツ、足元は白いスニーカーといった格好であった。髪は少し短めになっていた。
「久しぶりですね……今日はありがとうございます!」
私はそういった途端に何だか目頭が熱くなってきたのを感じた。でもドライアイなのか、目から涙というものは一滴も出なかった。
「じゃあ、行こうか。」
「はい!」
私たちは高層ビル街を目指して歩き始めた。私は石家先生と手を繋ぎたい衝動にかられた。でも、いきなり自分から先生の手を握るのは勇気がいった。胸はずっとドキドキと高鳴っていた。
「あの~先生……手を繋いでもいい?」
私は小声で言いながら、右手で石家先生の赤いダウンジャケットの左袖をキュッと掴んだ。S駅周辺は変わらず大勢の人々が歩いており、自動車のクラクションや駅構内放送で騒がしかった。
「いいよ。」
石家先生は左手を広げてスッと私の方にを出してきた。私は右手を先生の左手に沿わせ、キュッと繋いだ。
「手、冷たいね。」
石家先生はそう言って、私の右手の指の間に自分の左手の指を絡ませてグッと繋ぎ直し、自分のダウンジャケットの左ポケットにスッと入れた。石家先生の左手はほんわかと温かかく、私の右手を通して温かさと優しさがジワっと伝わってきた。
(やった!手繋いでくれた!しかも恋人繋ぎ!温かいなぁ……先生って、何て優しい人なんだろう……)
私は、初めて男の人と本格的に手を繋いだことの興奮と自分の冷たい手を温めてくれている石家先生のほわっとしたやさしさが嬉しくて胸がグッと熱くなっていくのを感じた。
「ありがとうございます!先生の手……暖かいですね!」
私は右横で一緒に歩いている石家先生の優しい横顔を見上げながら言った。
「うん。」
石家先生は前を向いたまま返事をした。彼は足が長いので当然歩幅が広く、歩く速度も速いので、半ば引っ張られている感じだが、私は出来るだけ大股に歩いて必死に付いて行った。夜の高層ビルは間近で見るととても迫力があり、ほとんどの窓から明かりが付いていてまるで装飾品の様に輝いていた。自動車の往来や仕事帰りの中年の方々、若い男女が横を行き交い、その光景は当然地元のK市・T市とは比べ物にはならない程の賑やかさだった。そんな夜の都会の迫力や賑やかさに圧倒されながらも、石家先生と手を繋いで輝いている街を横切っている私は「世界一幸せ」という思いに浸り、自然と顔がニヤついていた。ビルの隙間から吹く夜風が冷たく両頬を刺していった。
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