魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
「トラヴィス様。私にはもう、魔力が無いのです。だから、トラヴィス様の隣にいる資格を失ったのです」

 大人の女性でも無い。魔導士でも無い。そんな女がどうしてトラヴィスのような男の側にいることができるのだろうか。

「レイン」
 トラヴィスが彼女に一歩近づくと、彼女は一歩下がる。

「トラヴィス様。帰ってください。お願いです。もう、あなたを忘れさせて」
 じっとレインはトラヴィスを見据えた。
 こんな想いをするくらいなら、忘れた方が楽だろうと、何度も思ったことか。それでも、ついつい彼のことを心配している自分がいる。その矛盾する想い。

「ダメだ。許さない。俺のことを忘れるなんて許さない。許すわけがない」

 トラヴィスは怒っている。それは、レインから見てもはっきりとわかる。逃げなければ、と頭ではわかっているのに、身体が動かない。ゆっくりとトラヴィスが近づいてきて、彼女を再び抱きしめる。
 レインの身体がふわりと浮いたのは、トラヴィスに抱き上げられたから。

「トラヴィスさまっ。恥ずかしいですから、おろしてください」

「こんな辺鄙な場所に、人はこない。それに、おろすと君は逃げる」

「逃げませんから」
 トラヴィスの腕の中でレインは必死に抵抗する。

「いや、逃げる」

「逃げませんから」
 トラヴィスが思っていたよりも、レインは大きな声を出してしまったのだろう。普段の彼女からは想像できないような声だったらしい。トラヴィスはしぶしぶと彼女をおろした。
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