魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
 なぜかレインは、また鼻の奥が痛くなった。学園時代も、年上の学生と接する機会が多かった。そのためか、彼女に寄ってくるような人間はいなかった。魔法の勉強をするのは嫌いではなかったが、授業と授業の合間のちょっとした時間は嫌いだった。だから、その嫌いな時間を有意義に使おうと思い、魔導書を読み始める。すると、余計に人が寄り付かなくなる。そして、レインはその時間が余計に嫌いになる、という悪循環。

 たまに、学園内で兄やトラヴィスと顔を合わせることもあった。兄とは昼ご飯を一緒に食べることもあった。課題に困っていると、研究所にも連れて行ってくれ、そこで課題を教えてもらうこともあった。思い返せば、困った時に側にいてくれたのはいつでも兄だった。
 トラヴィスは、いつもレインが一人でいるところを見計らって声をかけてきた。別に何も特別なことを話すわけでは無い。授業でどんな魔法を習ったとか、そういった報告をすると、彼は必ず笑顔で「そうか、よかったな」と声をかけてくれた。
 彼はいつも、温かな笑顔でレインを見守ってくれていた。

 魔導士団の入団が決まった時も、トラヴィスは誰よりも喜んでくれた。入団の祝いにと、耐毒性の魔法付与がされた髪飾りを贈ってくれた。それは今でも身に着けている。少し端の方が欠けてしまったけれど、それでも身に着けているのはなぜだろう。
 魔物討伐の遠征のときも、トラヴィスは誰よりも体の小さなレインを気遣ってくれた。
 トラヴィスは……。
 トラヴィスのことばかり思い出してしまうのは、なぜだろう。
 彼は元気にしているだろうか。
 目の奥が熱くなった。鼻の奥も痛くなった。
 トラヴィスに会いたいと思った。
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