魔力を失った少女は婚約者から逃亡する
「あー、見つかったのね」
 呑気な声とともに、書斎に入ってきたのはニコラ。先ほどまでの涙の痕など残っていない。

「義母さん。これが、ベイジル様の資料かどうか、わかりますか?」

「どれどれ」
 と言いながら資料をパラパラとめくる。
「ああ、懐かしい。そうよ、あの人の字よ。間違いないわ」
 そこで資料をまた机の上に戻した。

「ですが、これ。料理の作り方とか、薬の作り方が書いてあって、肝心の魔力についての記載は一切ありません」

「んー、他の資料はどうなのかしら?」

 トラヴィスは他の資料もパラパラとめくっていた。

「こちらは、基本属性の応用研究の論文ですね」
 まともな論文もいくつかあったらしい。
「ちょっとしか読んでいませんが、さすが、としか言いようのない内容です」

「そうなの? 私にはよくわからないけれど」

「義母さん、この薬の作り方。読んだらわかりますか?」
 ライトは一冊の資料をニコラに手渡した。ニコラだって薬師だ。しかも珍しい薬草を探すために、この家を出ただけのことがある、薬師バカ。

「これ、薬の作り方になっていないわよ」
 一目見ただけで、そんなことを言う。
「この字は間違いなくあの人の字。だけど、中身は薬の作り方ではないってこと。一体、何を考えてこんなことを書き記したのかしら。まあ、あの人らしいと言ったらあの人らしいけど」
 そこでニコラは笑った。懐かしむように、愛しむように。
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