最愛ジェネローソ



「あ、あの……。実は、今日……た、誕生日で……」

​「……えっ?」



​世界から音が消えた。

俺が人生で一番大切にしなければならなかった、彼女がこの世に生まれた特別な日。



​「……たん、じょうび……今日……?」

「あ、気にしないで!  よし君と会えるのが楽しみで、こうして一緒にいられるだけでしあわ――」

​「なんで、黙ってたの……っ?!」



​自分でも驚くほど大きな声が出る。

立ち上がり、スマホを握りしめたまま、俺は今にも泣き出しそうな顔で華さんを凝視した。



​「えっ……。だって、わざわざ自分から言うのって、おこがましいかなって……。よし君、今日のためにいろいろ準備してくれてたの、分かってたから。……変に気を遣わせたくなくて」



​華さんは、本当に気まずそうに肩をすくめる。

朝からずっと鳴り止まない祝福のメッセージを、俺に隠すようにして確認しながら、それでも俺に気を遣わせたくなくて、ずっと黙っていようとした。

​その優しさが、今の俺には、何よりも痛かった。



​「そういうのは、いち早く教えてください!」



​情けなくて、申し訳なくて、感情が溢れて視界が滲む。

隣に座り直し、華さんの携帯画面に並ぶ「おめでとう」の通知を凝視しながら、俺は子供のように鼻をすすった。



​「言ってよ、華さん……。俺、今日まで何してたんだよ。華さんの誕生日なのに、ケーキも、花も、プレゼントも……何一つ用意してないなんて、本当にごめん……」

​「よし君、泣かないで?  本当に、今が一番幸せ。よし君が私のために、こんなにおもてなしをしてもらえた事が、何よりのプレゼントやったから」



​華さんが慌てて、宥めようとしてくれる。

その優しさが、余計に俺の胸を締め付けた。

旅館での誤解を解き、彼女のトラウマを一緒に乗り越えようと誓い、あんなに甘い雰囲気まで作っておいて。

俺は、彼女がこの世に生まれた大切な日を、完全に「日常」として消費しようとしていたのだ。



​「……無理。このまま普通に過ごすなんて」



​俺はぐいっと目元を拭うと、まだ笑っている華さんの肩を、しっかりと掴んだ。



​「今日、この後すぐに外へ飛び出して何か買ってきたいところだけど。せっかくの雨の日のお家デートだから、今日は最後まで華さんと一緒にいたい」

​「うん。そうしようよ」

​「でも、今日のは『予行練習』にさせて」

「『予行練習』?」

「近いうちに絶対、誕生日をきちんと、やり直させてほしい。だから、今日はこれで勘弁して」



​俺は1度キッチンへと向かい、冷蔵庫に隠しておいた、デザート用のプリンを華さんの前に差し出す。

ロウソクなんてないけれど。



​「……お誕生日おめでとう、華さん。……生まれてきてくれて、俺と出会ってくれて、本当にありがとう」



​心の底からの言葉を伝えると、華さんは一瞬驚いたように目を見開き、やがて、今日一番の穏やかな笑顔を見せた。



​「ふふっ、ありがとう」



​俺は、まだ少し赤い目で、けれど今度こそ逃げない決意を込めて、彼女の額にそっと誓いのキスをした。

一線を越えるのは、その「本番」の日まで取っておこう。

​外は、いつの間にか小雨に変わっていた。

予定していた「完璧なデート」は、大失敗の末に、これ以上ないほど温かい「約束」へと形を変えて、ゆっくりと更けていった。


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