もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

忘れ物を届けに

 楓さんと話した日から数日が経っても、私達の間に進展はなかった。
 ただ、あの日楓さんに話した「お願い」は今も続いており、日本に居た頃と比べて、態度が柔らかくなった。とても親しみやすくなり、何より話しかけやすくなった。

(やっぱり、まだ慣れないな……。楓さんって呼ぶのも、楓さんに「小春」って呼ばれるのも……)

 リビングルームを掃除機掛けしながら私は考える。
 今朝も楓さんの事をうっかり「若佐先生」と呼んでしまい、睨まれてしまった。
 私にとって楓さんは目上の存在で、頼りになるお兄さん。契約結婚した事で戸籍上は夫になっているとはいえ、今まですれ違っていた事もあり、なかなか慣れそうにない……。
 ソファー周りの掃除機を掛けながら、ふと昨夜を思い出す。

(昨日、二人でこのソファーに座って、テレビを観たんだよね……。日本に居た頃はこんな日が来るなんて、信じられなかった)

 昨晩、シャワーを浴びてリビングルームに戻って来ると、先にシャワーを浴びて、一度ベッドルームに戻ったはずの楓さんが、ソファーに座って、テレビを観ていた。
 邪魔をしないように、離れたところにあるリビングルームのテーブルに座ろうとしたところで、「小春」と話しかけられて、飛び上がりそうになった。

「所長にオススメされた日本映画を観ているんだ。一緒に観ないか?」

 聞けば、楓さんが所属する事務所の所長が勧めてきた日本映画らしい。日本映画だけあって、音声は日本語なので、私でも分かるとの事だった。

「一緒に観てもいいんですか?」
「駄目な訳が無いだろう。俺は知らない映画だが、君なら分かるんじゃないか? 最近、日本で上映された映画らしい」

 楓さんの側に行ってテレビを観ると、楓さんがニューヨークに旅立ってから、日本で上映されていた時代劇だった。

「観た事はありませんが、映画館に宣伝用のポスターが貼られていました。確か、原作は小説だったと思います。小説が発売された時に、新聞の広告欄に掲載されていたのを見た覚えがあるので」
「そうか……。俺が日本を不在にしている間に、こんな映画が上映されていたんだな……」

 せっかくなので、英語の勉強をしたいからと英語字幕をつけてもらい、一緒に観る事にしたのだった。

「小春」

 映画を見始めてすぐ、楓さんに名前を呼ばれてドキッと胸が高鳴る。
 隣を見ると、楓さんはどこか呆れた顔をしていたのだった。

「どうして、そんな端に座っているんだ?」

 ソファーの中央に座っている楓さんに対して、私はソファーの左端にそっと座っていた。

「えっと、邪魔しない方がいいかと思って……」
「邪魔になるなら最初から声を掛けない。いいから、もっとこっちに来い。画面が見えづらくないか」

 楓さんに手招きされて、身体一つ分だけ近づく。それでも楓さんは何か言いたげな顔をしていたが、映画が終わっても、何も言わなかったのだった。

(楓さん、あの時、何を言おうとしたんだろう……)

 ソファーの上に並べられているクッションをどかした時、見覚えのある黒革の手帳が落ちている事に気づく。
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