もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
 裁判所があるロウアー・マンハッタンまではバスで移動する事になった。本当は地下鉄の方が楽らしいが、このマンションからはバス停の方が近いらしい。
 バスを待っている間、ジェニファーが今日の裁判について教えてくれる。

「今日の裁判はパパが以前から担当していたクライアントの裁判なの。残業代の未払いに関する裁判よ」
「ああ、所長は労働関係を担当なんだっけ」
「うん。パパだけじゃないわ。カエデもよ」
「楓さんも?」

 その時、ロウアー・マンハッタン行のバスがやって来たので、ジェニファーと一緒に乗り込む。車内の奥に進み、二人掛けの席に並んで腰掛けてしばらくすると、バスは走り出したのだった。

「楓さんは交通事故に関する裁判を担当していたと思うんだけど……」
「そうよ。こっちでも交通事故に関する裁判を担当しながら、パパから労働問題に関する裁判を勉強しているの。パパ、ニューヨークでも有名な労働問題を専門とする弁護士だから。カエデがこっちに来たのだって、パパから労働問題に関する裁判を学ぶ為だって聞いたわ」
「そうなの!?」

 車内の走行音に負けないように、やや声を高めに上げると、「そうよ!」と同じ様にジェニファーに返される。

「詳しくは教えてくれなかったけど、カエデ、日本で労働問題に関する裁判を担当した事があったんでしょう? その時に敗訴して、依頼人を救えなかったのが悔しかったみたい」
「それって……」

 私は心臓が一瞬止まったかの様な錯覚を覚えた後、バクバクと激しく脈打ち始めたのを感じた。

(楓さんが日本で担当した労働問題に関する裁判って、まさか私の裁判なんじゃ……)

 もしかしたら、楓さんは私以外の労働問題に関する裁判を担当した事があったのかもしれない。だが日本の楓さんの部屋には真新しく、読み癖もついていない労働基準法に関する本や資料が積み上げられていた。
 まるで、つい最近、労働問題に関する裁判を担当したと言わんばかりに――。

「コハルにはカエデがどんな労働問題に関する裁判を担当したか知ってる?」

 そんな私の様子に気付く事もなく、ジェニファーは話を続けたので、私は「さあ……」と答えたのだった。

「楓さんの仕事内容については、あまり詳しくなくて……」
「そっか。それなら、今日の裁判は良い機会かもしれないわね! カエデの仕事について知るきっかけになるもの!」

 それから、ジェニファーは上機嫌でスマートフォンを操作し始めたので、私は窓からニューヨークの街並みを眺める事にしたのだった。
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