置き去りにされた花嫁をこの手で幸せに
***
槇村が結婚してしまう、そう思うだけで俺は胸が押しつぶされ息が苦しくなる思いだった。

新人で配属されてからお互いに切磋琢磨しあってきた槇村。
一緒に働き彼女がどれだけ優秀か目の前で見てきた。
一見すると気が強そうで決断力もある女だが優しさや気遣いを忘れない面も俺は知っている。
彼女は気が強そうに見せているだけで本当は弱い女だということも知っている。
後輩のミスを庇っていたところひどい悪態をつかれているところを目にした。彼女は後輩を守るため怯まずに立ち向かったがみんながいなくなるとその場にしゃがみ込み震える手を胸に当て泣いていた。
守りに入らず人のために戦える女だ。
人知れず男の多いこの場所で歯を食いしばるように働いてきたことも知っている。
だからこそ俺は彼女と共に、彼女のサポートをするべく働いてきた。
ただ、彼女の企画を見るたびにダメ出しされていると勘違いされ冷たい視線を浴びせられるのには戸惑いがあったし、俺は槇村との関係をどう変化させていけばいいのか悩んでいた。
悩んで悩んで悩み抜いて8年も経ってしまった。
そんな時槇村から結婚すると聞き驚いた。
そんな相手がいたとは思いもしなかった。
槇村はいつも俺と肩を並べ仕事をしていたからプライベートなんてあってないようなものかと思っていた。
まさか結婚するとは…完全に自分を見失ってしまった。
もう企画戦略室で働く意義さえ見出せなかった。
たしかに結婚適齢期だ。特に女性にとっては20代と30代では大きく違うだろう。
手をこまねいていた間に彼女は誰かに取られてしまった。
俺は同期としてお祝いを言わなければ、と思い口にするが心のこもった言葉なんて言えるわけがなく「おめでとう」の一言だけを搾り出すように伝えその場を離れた。

その夜、俺の唯一の事情を知る畑中を呼び出し俺は飲み明かした。いつまでも正面からぶつかっていかなかった自分が悪いとわかってはいる。今の言いたいことを言い合える関係が壊れることを恐れ続けた俺が悪いのも分かっている。全てが遅すぎたこともわかっている。

招待状が届き、同期として、同僚としての顔を貼り付け俺は式に参列することを決めた。
ここまできたら彼女の幸せを見届けるのも俺の人生かも知れないと思ったからだ。

それなのに式は行われなかった。
時間になってもはじまることなく教会の中で待たされる。流石におかしいと思い始めた頃、スタッフに教会から会場への移動を促された。
こんなことは初めてだ。
ざわつく中、会場へ向かいテーブルへ着席すると阿川の両親と槇村の父親らしき人が頭を下げ説明が始まった。
この結婚は中止になり、食事を楽しんで帰ってほしい、ご祝儀をいただけないので後で返すと伝えられた。
阿川の両親は平謝りし続け、槇村の父親はどこか心中穏やかではなさそうな雰囲気だ。
俺のテーブルにいる同期の仲間はどうしたのだろうと小声で話している。
阿川と仲の良かった三宅が、まさか、と小さな声で呟いたのを聞き逃さなかった。

「まさかって何?」

「いや、ここだけの話。最近ホテルの受付にいる女の子と歩いてるところを何回か見かけたんだよ」

なんだと。
まさかここまできて阿川が浮気してたのか?
そのせいで中止なのか?
結婚式当日の中止なんて初めてだ。
両親たちがご祝儀を返しながら頭を下げて回っていると救急車の音が聞こえてきた。
式場の外に止まったようだ。
担架が運び出されるところが少しだけ見えた。
白いドレスが担架の端から落ちているのが見え、花嫁であることは明らかだ。

俺は立ち上がり駆けつけたい衝動に駆られたが今俺が寄り添ったらどうなる?
阿川の浮気が原因だとして、槇村に俺が駆け寄ったら彼女まで疑われることになるだろう。

爪の跡が残るほどに手をぎゅっと握りしめ、俺は救急車が出て行くのを見つめていた。

もう槇村は誰にも傷つけさせない。

俺の目の前でソファに身を丸めて眠る槇村をそっと包み込んだ。
そして耳元で囁いた。

「奈々美が好きだ。俺がお前を守ってやるから安心してここにいろよ」
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