置き去りにされた花嫁をこの手で幸せに
エントランスを通るとみんなからの視線が私に向いているのがわかる。
人の噂に戸は立てられないってこういうことだよね。
ましてや結婚式場にウェディングドレスのまま待ちぼうけで捨てられたなんて格好のネタ。
相手は同じ会社だなんて笑うしかないネタだよね。
悠介だって捨てた側だとはいえこの視線の中よく出勤できてると思う。だから私が思っていたよりもメンタルが強かったんだね。

私の方が耐えられなさそう。

前を向いていたいと思い正面を向いて歩いていたが徐々に視線が下に落ちてきそうになった。
目元が緩み、涙が浮かびそうになってきたその時、肩を強く叩かれた。

「おい、槇村。随分と休んでたじゃん。俺らこれから沖縄の仕事が始まるっていうのに随分優雅なことしてたじゃん。ここまで俺1人でやらされたんだからこれからはこき使ってやる。覚悟しとけよ」

加賀美くんがいつもと変わらない態度でバシバシと肩を叩いて、いつも通り口も悪く話しかけてきてくれた。

その様子を見てエントランスの空気が変わった。

「加賀美くん、痛い。もう!馬鹿力なんだから」

加賀美くんは180センチを超える長身で、そんな彼から振り下ろされる手は158センチの私にはとても重く、強く感じる。

エントランスの女子社員は加賀美くんの姿を見て目の輝きを変えた。

加賀美くんは私にとってはいけすかない同期だけれど社内的には知名度も高く人気者。

シュッとした顔立ちにサラサラの髪の毛。筋肉のついた身体に合わせいつも着ているスーツがとても似合っている。合わせるシャツやネクタイのコーディネートにもセンスを感じる。そんなおしゃれな彼だが話をすれば気さくで、ユーモアがあり、彼には欠点はないのではないかとさえ思うだろう。

私以外には……。

私には姑のように後から指摘して歩き、小姑のように企画に赤を入れまくる嫌味な同期。笑った顔さえも意地悪に見えてきて仕方ない。私たちの仲の悪さは同期では名物になっている。

でも、今日は彼に声をかけてもらい空気の流れが変わった。
いつも通りにしてくれたおかげで私は救われた。

そのまま企画戦略室へ連れて行かれた。
周りからの目なんて気にするなと言わんばかりにいつも通りに接してくれ、彼には感謝する。
噂を聞いているだろうし、第一に加賀美くんは同期。悠介のことも、結婚のことも知っていた。なのに変わらず接してくれ、今日ほど彼の私への態度をありがたいと思ったことはなかった。
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