嘘は溺愛のはじまり
「……ねえ結麻ちゃん。何があったの? 僕には言えない?」
「……あの、……すみません……」
さすがに『会社で上司に襲われかけた』とは言えなかった。
言えば、また高校の時みたいに変な目で見られるかも知れない、そんな心配をしてしまって。
楓さんはそんな人じゃないと思うけど、でも……。
楓さんは独り言のように「うーん困ったな」と呟いて、料理を再開した。
「僕の所に泊めてあげたいけど、そんなことしたら僕が殺されるから、ねえ?」
「……ええ? 誰に、ですか?」
「んー、マスター、とか……?」
「……?」
とか、って?
他にも誰かいるってこと?
楓さんとの会話は、どこか核心に触れないように気遣う感じだから、真実に辿り着けない。
手際よく料理を仕上げていく楓さんを眺めていると、急に携帯の着信音が鳴り響いた。
私は電源を落としているから、きっと楓さんの携帯だ。
「あー、電話だ。結麻ちゃんごめん、ちょっと待っててね。……はーい、楓です」
私が頷いたのを見た楓さんは、電話で話ながら奥の部屋へ行ってしまった。
数分すると、楓さんは電話を終えて戻ってきた。
「ごめんお待たせ。もうちょっとで出来るし、食べたら感想ちょうだいね?」
「……はい」
今夜はどこに泊まるにしても、腹ごしらえはしておいた方が良さそうだ。
私は楓さんの料理風景を眺めながら、今夜の宿の思案をした――。