嘘は溺愛のはじまり
仕事が暇なわけではない、と先に断っておく。

俺はその翌日も、叔父のカフェに足を運んだ。


理由は……、カフェで見た彼女が、なぜだかどうしても気になって……。

昨日の今日だ、彼女に会えるとは思ってはいない。

昨日とほぼ同じ時間。カフェの扉を開ける。

店に入ってすぐに、カウンター席へと視線を向けた。


……いた、彼女だ。


名も知らぬ彼女の存在を確認しただけで、なぜか自然と口元が緩んでしまうのをとめることは出来なかった。


叔父が俺に気づいて、意味ありげに口元に笑みを浮かべる。

その笑みの意味が分からないほどの付き合いではない。

俺は小さくため息を吐き、いつもの窓際の席に着いた。


この席からは、叔父の娘――つまり俺にとっては従妹の、理奈が勤める花屋がよく見える。

カフェを開くにあたり、立地の選定をしたのは当然叔父だ。

なぜここにしたのかは理解できないでもない。


ここから少し歩いた界隈はスナックなどの飲み屋街になっている。

その入り口にある花屋で働く理奈が心配でたまらなかったのだと思う。


理奈が俺に気づいて手を振る。

俺も同じように振り返す。


俺にとってはそれは、頑張って働いている妹的存在の従妹に対してただ手を振り返した、それだけのことだった。


だから、いつも通りのその行為が、まさか、誤解の種になっているとは思いもしなかったのだ――。

< 209 / 248 >

この作品をシェア

pagetop