婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
「待たせて悪い。今から向かう」
『早すぎるだろ。ちゃんと話をしたんでしょうね』
京はイギリスの名門大学で量子力学を研究したあと、当時ホーズキの常務取締役だった宗一郎の秘書をしていた。
そして、生まれたときから宗一郎のいとこでもある。
「もちろん。契約は取りつけた」
京が電話の向こう側でため息をついたようだった。
『後悔するなよ』
宗一郎は京の忠告を聞き流し、電話を切る。
研究所からの最新の報告書を読み始めると、佐竹がバックミラーに映る宗一郎の顔をちらりと確認した。
「いかがでしたか」
鬼灯中央研究所は五万量子ビットを超えるコンピュータの開発に成功しており、ホーズキがあかり銀行と連携して世界のフィンテック事業をリードしていくためにも、重要な役割を担っている。
宗一郎はさまざまな要素を頭の中で整理し、組み立てながら、佐竹の質問に答えた。
「婚約は進めておいてくれ。茅島頭取への連絡も任せる」
「かしこまりました。結婚式までのスケジュールは整えてあります」
それきり黙り込み、報告書に集中する。
車が赤信号で止まると、いつもは決して宗一郎の仕事を妨げない佐竹が、また話を始めた。
「ところで、私がおうかがいしたのは、あなたの妻になる女性のことなのですが」
宗一郎はパッと顔を上げる。
「妻?」