婚前契約書により、今日から私たちは愛し合う~溺愛圏外のはずが、冷徹御曹司は独占欲を止められない~
宗一郎が建てた豪邸は、玄関ポーチの天井とドアに明るい色の木材が使われ、地窓から覗く日の光がダークグレーの石張りのホールにあふれていた。
ゆったりとカーブする回廊を、宗一郎に手を引かれながら進む。
リビングの中央には大きなソファとフード型の丸い暖炉があって、ダイニングテーブルは小さなペンダントライトに照らされ、アイランドキッチンの壁面にはオーブンと冷蔵庫が埋め込まれていた。
雪見障子の八畳間から大理石のジャグジーバス、テラスとシアタールームと高級ブティックのようなウォークインクローゼットまで案内され、奈子は目が回りそうになる。
いちいち驚いている余裕もないほど広くて贅沢で、この家にひとりで住むことになるかもしれないと思うと不安だった。
中庭が見えるルーフバルコニーのトップレールに寄りかかり、腕組みをした宗一郎が振り返る。
「しばらく使っていない家だが、最低限の家具や手入れは整っているはずだ。なにか足りないものがあったかな」
奈子はバルコニーの真ん中にぽつんと立って、キッドスエードのスリッパを見下ろした。
まつげを伏せたまま黙って首を振る。
本当は、足りないものばっかりだ。
どんなにすてきな宝石箱があっても、ふたりには大事にしまっておきたいものなんてなにもない。