堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く

店に戻ると、タロちゃんは開店の準備をしていた。雑巾で丁寧に一席ずつ拭いてくれている。

真剣な眼差し。『まつの』に対する敬意がひしひしと感じられた。

彩芽も雑巾を持って、タロちゃんに歩み寄った。

「あの…。祖母のあんこを認めていただいて、ありがとうございました。改めて、よろしくお願いいたします」

父にも彩芽にもできなかったことを、タロちゃんがしてくれる。タロちゃんがいずれ『京泉』に戻るなら、もしかすると祖母のあんこは、日本中、いや世界中の人が食べてくれるものになるかもしれない。

考えてみたらすごいことだ。

おばあちゃんのあんこをよろしくお願いします、そういう気持ちを込めて、深々と頭を下げた。

ゆっくりと頭をあげると、タロちゃんは固まっている。

「い、いや。頭を下げられるようなことは何も。トキさんの餡は、今まで食べたものの中で一番やと思います。それを引き継げるのは光栄以外の何物でもない。俺の方こそ、よろしくお願いいたします」

頭を掻きながら、微かにタロちゃんは笑った。初めて見たタロちゃんの笑顔は柔らかく、彩芽の胸を温かくした。

ふふっと笑い合う。

「私のことは、彩芽と呼んでください。タロウさんのことは、みんなが呼ぶように〝タロちゃん〟と呼んでもいいですか?」

「はい、もちろんです」

「タロちゃんがいてくれたら、休憩もゆっくり取れそう。私、今日は一日中いますので、タロちゃんもちゃんと休憩してくださいね」
慣れるために〝タロちゃん〟を連発する。

「わかりました、彩芽さん」
タロちゃんも、微笑みながら答えてくれた。

タロちゃんは実によく働く人だった。

ぜんざいに入れるお餅を焼くのも、追加のおはぎも作るのも、タロちゃんがどんどんこなしていく。祖父は、楽でええわとのんびり座っていた。

タロちゃんは、仕事の合間に、あんこの仕込みもしていく。もちろんその為に『まつの』にいるわけだけど、祖母の傍にピタッと張り付いている顔は、真剣そのものだ。祖母はそんなタロちゃんを見て、嬉しそうに笑っていた。

タロちゃんがいるから大丈夫と言われ、早めに店を出る。

先週とは違って、穏やかな気持ちで家につく。母は「ね?タロちゃん、いい人だったでしょ?」と我が物顔に言ってきた。

「うん」と短く答えて着替えに行こうとしたら、「明日も行くの?」と聞かれる。

そういえば考えてなかった。いつもは日曜日に行くので、明日行ってもおかしくはないけど…

タロちゃんの真剣な顔が思い浮かぶ。

「うん、行こうかな」

「じゃあ、タロちゃんのために、おばんざい作らなきゃ!」

キッチンに向かう母の足音は、ウキウキという音が聞こえそうだった。

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