堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
翌日の日曜日、大きなカバンを持たされて『まつの』に向かう。
「タロちゃんは若いから、ボリュームのあるものを食べさせなきゃ」
張り切った母は、野菜のおかず以外にも、いなり寿司、唐揚げ、だし巻き玉子など、ボリュームのあるものをたくさん作ったのだ。
張り切りすぎでしょ…
げんなりするが、嬉しそうな母に文句を言うことはできない。ずっしりと重いカバンを抱えて、石畳の道を歩く。
二日連続で通っていると、隣の土産物屋さんに絶対何か言われる。見つからないように、足早に通り過ぎようとした。
「彩芽ちゃん、連日出勤かいな」
案の定、宮本さんから声がかかる。
やっぱり、見つかった。
宮本さんは店の前を通る人を見るのが趣味なのだ。どんなに気をつけて通ろうとしても、絶対に見つかってしまう。
「今日は、母から頼まれたものがありまして」
カバンの中の保存容器を見せると、宮本さんは納得するように大きく頷いた。
「この界隈のおばちゃん達も、タロちゃんにしっかり食べさせなあかんと言って、毎日のように料理届けてるで。うちの母ちゃんも張り切ってるから、お陰で最近ええもんが食べられる」
満足そうに宮本さんは笑った。
「今日は、作らんように言うとくわな」
東山第三班婦人部に新たな伝令が出されることが決まった。
『まつの』に着いて引き戸を開けると、いつもとは違う甘く香ばしい匂いがする。
「おばあちゃん、来たよー」
声をかけながら奥に向かうと、三人はそろって作業場にいた。
「何してんの?」
「あら、彩芽ちゃん。今日も来てくれたの?ありがとね」
にこやかに返事が返ってきた。
「タロちゃんが新作を出してみたらどうかって、試作してくれてるの」
よく見ると、なぜかホットプレートが出ている。タロちゃんは真剣な顔で、パンケーキのようなものを焼いていた。
「それなに?」
「『三笠』です」
三笠というのは、どら焼きのことだ。厳密に言うと違いがあるらしいが、見た目も味も、ほぼ同じと言っていい。
茶色くふんわりと焼いた丸形の皮で、あんこを挟む。ホカホカと湯気のたつ三笠は、いかにも美味しそうだった。
「みんなで試食しましょ」
嬉しそうに祖母がいい、彩芽も全く異議がなかったので、喜んでお茶を淹れた。出来立ての三笠は、食べると口の中でフワッとほどけてとても美味しい。
「むちゃくちゃ美味しい…」
思わずため息がもれた。
タロちゃんは少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうにボソッと言う。
「三笠は土産物になるし『まつの』の雰囲気にもよく合うと思ったんですが」
タロちゃんの言葉にふんふんと頷きながら、四人で輪になって試食を続ける。
「美味いが設備にお金がかかるしなあ」
今日はホットプレートで作っていたが、お店で出すならそうはいかない。祖父が残念そうに言い、タロちゃんも考え込んでいた。
「そうね、とりあえずこれは保留ということで。でもとても美味しかったわ。ありがとね、タロちゃん」
祖母に優しく声をかけられて、タロちゃんはまた恥ずかしそうに微笑んだ。