堅物な和菓子王子は一途に愛を貫く
タロちゃんが連れて行ってくれたのは、駅とは反対方向にある雑居ビルの地下だった。
お店ののれんには、黒墨で小さく『蓮華』と書いてある。
タロちゃんが引き戸を開けると、男の人の太い声で「いらっしゃいませ」と声がかかった。
「あっ!タロウさん。お久しぶりですね」
大きな熊のような店員さんが嬉しそうに言った。童話に出てくる〝熊さん〟というのがふさわしいような優しい雰囲気の人だ。
「二人いける?」
タロちゃんが聞くと、熊さんはタロちゃんの後ろにいる彩芽を覗き込み、優しく「カウンターでもいいですか?」と聞いてくれた。
いかにもさっきまで泣いていました、というような顔をしているからだろう。
恥ずかしくなって下を向き「ハイ…」と小さく返事をした。
カウンターの一番端の席。
ここなら、他のお客様と顔を合わせなくて済みそうだ。
カウンターの向こう側の板前さんから、「いらっしゃいませ」と声がかかった。
とても綺麗な女性の板前さんだった。
熊さんが温かいおしぼりを渡してくれる時に、「目に当ててもらっていいですよ」と小声で言ってくれた。
おしぼりで顔を拭いたことなどなかったが、お言葉に甘えて、目に温かいおしぼりを当てる。じわーっと温かさが伝わって、目の奥まで癒された。
「何か食べられないものはありますか?」
熊さんが訊ねた。
「ありません」
「適当に優しい感じのものを頼む」
タロちゃんは実に曖昧な注文をした。
熊さんが笑顔で了承したところを見ると、このお店では、こんな注文の仕方でいいらしい。
「少し飲みましょうか」
タロちゃんは彩芽に飲めるかどうかを確認してから、ビールを注文した。
ビールが届き、熊さんがコップに注いでくれる。喉がカラカラだった彩芽は一気にグッと飲み干した。
「空きっ腹にそんな飲み方したらダメですよ」
タロちゃんは、どんな時でも真面目だ。
その後は、どちらも何も話さない。心地よい静かな空間に心が安らいでくのを感じた。