ままになったら極上御曹司に捕まりました?!
少しの間、葛藤したが結局折れたのは私だった。ここで断るのもおかしいわよね、そう自分を納得させる。

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えてお邪魔させていただきます」

背を向けた彼の後ろについて行く。前を歩く彼から、優しいシトラス系の香りがする。

彼の香水だわ。あの時と同じね。

昔を思い出す自分も嫌だったし、それを忘れることなく覚えてる自分にも嫌気が差す。

「すぐ着替えてくるので、ちょっとだけ待っててください」

「分かりました、ゆっくり着替えてくださって構いません」

そういって彼が差し出してくれた座布団に座るが、彼の方を向く勇気はなく、部屋を出ていく彼に背を向けたまま座る。


ふわっ


シトラスの香りが私の背中からまとわりつく。一瞬のことで何が起きたのかわからなかった。

が、私の胸の前で交差するたくましい腕と、温かい空気でそれを察する。

私…今ハグされている

「お、お客様、どうなさいましたか」

必死に声を出すが、動揺は隠せなかった。

「お客様じゃない、あの時みたいに亮真って呼んでよ」

「お、お客様……」

「やっと見つけたんだ。二度と離さない」

「あの…何かの人間違いです、離してください」

離れようとするが、彼のがっちりとした腕に掴まれて身動きが取れない。

そのまま彼のいる方へ強制的に向かせられる。

「さくら、ちゃんと目を見て言って」

耳元で言われて、驚いてビクッと肩が揺れる。

「ひ、人違いですので腕を離してください…」

「さくら、」

「ひ、人違いで…………」

思わず顔を上げると、彼の整った顔が目の前に映し出される。

くっきりとした二重の目、筋の通った鼻。悠真と同じ。毎日見てきた顔だ。

彼の迷いのない瞳に吸い込まれそうになる。

「さくら、どうしてそんなこと言うんだ…。俺は…あの日からずっと……」

何かを言おうとしている彼。
もう私は言い逃れをすることは出来ないと悟った。

「私はさくらで間違いないですが、お客様の仰る方とは違う人ですので腕を離してください」

少し緩まった腕を押し退けて、扉に向かう。

「さくらっ……もう1回機会をくれ…」

後ろから亮真さんの声が聞こえてくるが、振り向かずにそのまま部屋を出る。


どうしよう。公園では私だって気づかれなかったのに。それにここで働いていることがバレた。

なんとしてでも悠真の父親であることを知られる訳にはいかない。

弾かれる勢いで、キッチンに戻る。
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