さよならとつぶやいて、きみは夏空に消えた
 妙な感覚だった。確かに向き合っているのに、少女が透の存在を通り越して、もっと後ろの何かを見ているような……。

 麦茶のグラスの中の氷が溶けて、カロンとかすかな音がした。

「トオルは、思い出したくないことってある?」
「思い出したくないこと? 最近の子供は大人っぽいこと言うなぁ」
「…………」

 大人びた言葉も落ち着いた態度も、小学生の女の子のものとは思えない。透が茶化した口調で混ぜっかえすと、また無表情に戻ったホタルから冷たい沈黙が返ってきて、少し焦った。

「いや、うん。そりゃあ、僕もこの年だからいろいろあるよ……と言いたいところだけど、特にないかな」

 付き合って間もないのに別の恋人を作って去っていった彼女のこと、業績がふるわず従業員を自己都合退職に追い込むために嫌がらせのような仕打ちをしてきた会社のこと。
 実際にはいろいろとあるが、子供にこぼすような愚痴でもない。

「…………」
「忘れっぽいんだよ、昔から」
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