彼女の居場所外伝 ~たんたんタヌキ~


結局それから早希と落ち着いて話をする時間がとれたのは結婚式の二日前だった。
結婚休暇をもぎ取るために仕事を詰め込んでいたのが裏目に出て同じ家に住んでいるのに帰宅は深夜、顔を合わせるのは朝食の時だけなんて日もざらだった。

明日の結婚式前夜は上京してくる家族と共に過ごすために早希は都内のホテルに泊まる。だから明日は会えない。

急いで仕事を終わらせて早希の待つ自宅マンションに帰った。
と言ってももう夜10時を過ぎていたから大急ぎで。


「いいですか、ストレスと疲労、夜更かしはお肌の大敵なんです!女性にとって結婚式は一大イベントなんです。今夜は早く寝かせてやってくださいね。わかってますよね。お酒もむくむと困るので飲ませちゃダメですよ。何度も言いますけど、ストレスをかけないでくださいねっ」
と言った高橋さんの声が脳裏をよぎる。

今日の夕方、ご丁寧に良樹を連れて退職の挨拶に来た高橋さんが俺に向かって仁王立ちでそう言ったのだ。

一応俺はここの副社長なんだが。

「由衣子、お前副社長に退職の挨拶に来たんじゃなかったのか」と良樹も呆れていたが背後にいた秘書の佐々木さんは俺に隠すことなく高橋さんの態度に大笑いをしていた。

彼女は半年前に良樹のいる支社に異動していたが、早々に結果を残したこともあってそこを退職して良樹より先にTHコーポレーションに入社することになった。彼女の腕を買っていたうちの社長の兄貴は相当ごねていたけど。

彼女ほどの実力であればすぐにTHの主戦力になるだろう。そして御曹司の良樹の力など借りずにTHで自分の居場所を作るはずだ。

結局、高橋さんには世話になりっぱなしだった。
将来はTHコーポレーションの社長夫人になるはず。いや、おそらく社長夫人と言うより副社長になりそうだと思う。

散々迷惑をかけた俺だが『アクロスの薔薇の花』と呼ばれ老若男女を虜にしてきた彼女の取り繕うことのない素の姿を見せてもらえるようになっただけましというものだ。
普段彼女はクールな鎧を着込んで自分の心を守っていて素の姿を見せるのは親しいごく一部の人間にだけだった。

「早希の大事な親友の言うことだ、絶対に守るよ。結婚式前の注意事項はもちろん、これからずっと彼女を大事にして生涯大切に守っていくから」

まるで神への誓いのようにしっかりと頷き確約すると、思わずといったふうに高橋さんの大きな瞳からぽろりと涙が流れて落ちた。
今の今まで仁王立ちして親友の婚約者で元の上司に詰め寄っていたのに、だ。

彼女の旦那の良樹はわかっていたようで彼女を抱き寄せて涙を拭ってやっている。
大きな身体の良樹が細身の彼女を守るように包み込む姿はあいつの彼女に対する深い愛情が透けて見え、親しい二人の愛し合う二人の姿が嬉しくもあり微笑ましい。
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