政略夫婦が迎えた初夜は、あまりに淫らで もどかしい
〝礼服でなくても構わないから顔を出してほしい〟という奥様の希望だったので、私も会社帰りにそのままお通夜の会場に立ち寄った。
華やかに彩られた祭壇の中央には鹿島さんの笑顔があり、もう鹿島さんがモデルハウスに来ることはないのだと思うと、そこまで親しい仲ではなかったけれど自然と気持ちがしぼんだ。
広い会場内には、うちの社員の姿もそこかしこにあり、私と同じように制服姿の女性社員も十人近く見受けられた。
お焼香の列に並んだときだった。後ろにいた営業部長と男性社員の会話が耳に入ったのは。
五十代前半の部長は、間違いなく社内では一番鹿島さんに近かった。
だから、営業部長のショックは私と比べ物にならないだろうと思っていたのに。
『あー、腹減った。この後、時間あるだろ? この前飲み会で使った店うまかったし寄って行くか』
『いいっすね。部長のおごりですか? さすが』
『おまえはこういうときだけ調子がいいよなぁ。そのかわり俺の愚痴聞けよ』
『あー、推しのアイドルがグループ脱退しちゃった話ですか。もう五回は聞いたんですけど』
小声ではあるものの、ポンポンとテンポよく交わされる会話に耳を疑った。
親族の方が涙を流すお通夜の会場で、お世話になった鹿島さんの写真の前で、これからお焼香をするというときに、どうして社内の休憩スペースでするような会話を笑いながらできるのか。
怒りと嫌悪感が一緒くたに沸き上がり、奥歯を食いしばってどうにかやり過ごした。
ここは鹿島さんを弔う場所だと思ったから。