政略夫婦が迎えた初夜は、あまりに淫らで もどかしい
なのに、社内で一番仕事をとってくるのが取締役である父なのだから、営業はたまったものじゃないと思う。
明るく面倒見がよく誰の心にもすっと入り込む父は、他人から信頼されやすく恐ろしく顔が広い。
そして、その広大な交友関係のなかには企業の取締役など重要な役職に就いている人も多いため、父に舞い込んでくる依頼はビルやホールといった、一般的な住宅とは桁がひとつもふたつも違うような契約ばかり。
そんなとんでもなく顔の広い父だけど、だからといって私の結婚相手の契約までとってくるなんて誰が予想できただろう。
「ほら、春乃ちゃん、お父さんくらいの経済力がある人がいいって言ってたでしょ? それくらいあれば生活に支障ないし割り切って結婚できるって。こんなこと言うとお父さんにも社員にも失礼だけど、蓮見さんの会社はうちとは比べものにならないくらいの大企業よ。御節で言ったら黒豆と伊勢海老くらいの差があると思うわ」
〝失礼〟なんて言いながらも堂々と父の会社を豆にたとえた母が、ティーカップに入った紅茶を私の前に置く。
「あ、私は伊勢海老よりも黒豆が好きだから」と、母がうふふと笑いながら付け足す。
休みの日の十五時は、外出していない限りこうしてお茶をするのが昔からの日常で、茶葉の種類は、その日の母の気分によって変わる。今日選ばれたのはアッサムだった。
テーブルの中央に置かれた白く四角いお皿にはマドレーヌが並んでいる。老舗メーカーのパッケージに包まれたマドレーヌは大好きでも、今は手を伸ばす気にはなれずすぐに母に視線を戻した。