愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
「今こうしているのもつらかったら、無理をせずに言っていいんだぞ?」

優しく髪を撫でられながら、顔をのぞき込まれる。

「つらくなんてありません」

わたしが小さく、でもキッパリとそう言うと、祥さんが「本当か?俺に遠慮はいらないんだぞ」とさらに訊き返してくる。

くっきりとした二重まぶたの切れ長の瞳に浮かぶ心配の色。いつもなら男性らしく真横に伸びる眉が、少し下がっている。
彼が心底私の心配をしていることに気付いたわたしは、大きく頷いた。

「本当に大丈夫です。むしろ落ち着きます。祥さんの匂いは好き……あっ、」

しまった、と口をつぐんだけれど時すでに遅し。
さっきまでの憂慮はどこへやら。彼は口の端をクッと持ち上げた。

「ふ~ん、そうか、そうだったのか」

「い、いや、あの……それは、その、そういう意味じゃなくて……」

しどろもどろになりながら、何とか上手い具合に誤魔化す道はないかと考えていると。

「匂いのきついのがダメだって言っていたから、家では香水をつけないようにして正解だったな」

「あっ……」

そういえば、最近彼の香水の匂いを嗅いだ覚えがないことに気付いた。
つわりが始まってすぐの頃、『強いニオイがダメで、買い物の時に近くにいた女性の香水で具合が悪くなった』と話したことで気を遣わせてしまったのだと悟る。

「すみません……」

「謝らなくていい。俺にはこんなとくらいしか気を付けるべきことがないからな」

「そんなことは……」

「いや。代わってやることは出来ないのだから、これくらいは当たり前だろう」

「祥さん……」

そこまでしてくれる彼に、これ以上余計な気を遣わせてはいけないと思った。

「ありがとうございます。いつも祥さんが着けている香水の匂いはそんなに嫌いじゃありません。……でも、こうして香りを(まと)わない時の祥さんの匂いは、なんだかちょっと落ち着いて、不思議とつわりが楽になる感じがします」

「そうなのか…?」

「はい」

わたしが頷くと、祥さんがふわりと微笑んだ。めったに見ることのない柔らかな微笑みに釘付けになる。
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