愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
わたしたち親子に気を遣ってくれたのか、祥さんは母にわたしを任せ、いったん病院から帰って行った。

病室で母と二人きりになったわたしは、なんとも言えない気持ちに。嬉しいような照れくさくて気まずいような。「面映ゆい」というのはまさにこういう気持ちなのだと知る。

けれど二人きりで色々なことを話しているうちに、気付いたらそれは解消されていた。

母は一緒に居る間中ずっとわたしの世話をこまごまと焼いてくれて、わたしの方も自分が起き上がれないのを良いことに、そんな母にたっぷりと甘えてしまい―――。

これまでそんなふうに母を独占したことがなかったわたしにとって、それはとても貴重で嬉しい時間だった。
けれど母は森乃やの女将だ。いくら頼りになるベテラン仲居がいるとはいえ、そう何日も店を留守に出来る訳がない。母は翌日の昼過ぎに博多へと戻って行った。

母と二人きりで過ごせたのはたった一日。だけど、何より嬉しい一日だった。


母が帰った後、わたしは自分のこれまでを振り返った。

『森乃やのことは大事だけど、自分には他にやりたいことがあるから帰らない』

そう言って、どうして最初から両親を説得しようとしなかったのだろう。

自分さえ我慢をすれば森乃やを守れる。自分が森乃やを継げばいい。それが親不孝をしてきた償いになるのだ。
そんなふうに考えて、自分の考えを口にすることもしなかった。

荒尾と結婚するのは嫌だと、そもそも昔から苦手だと。
最初から両親にそう伝えておけば、両親は荒尾とわたしを結婚させようなんて考えなかっただろう。

忙しい両親に遠慮して良い子のふりをして我慢したりせず、自分の想いをもっと口にしていれば。そうしたら、もっと違った道があったかもしれない。

そんなふうに考えながら病院のベッドの上で過ごしているうちに、体調が回復し、無事に退院する日を迎えたのだった。


< 178 / 225 >

この作品をシェア

pagetop