愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
***

退院から二週間ほど経った土曜日。
朝早くベッドから起き出したわたしは、温室へと向かった。

温室に入りドアのすぐ横にあるパネルを操作すると、モーター音を立てながら天窓が開き、スプリンクラーがプランターに水を撒きはじめる。

この作業は朝一番の日課。
暑さの盛りともいえる今時分は、窓を開けて風を通すとはいえ、全面ガラス張りの温室は始終サウナ状態。安定期に入ったとはいえ体調優先のわたしは、早朝と日没後にしか温室に入らないように心掛けていた。

天窓は電動だけれど壁面の窓は手動。それらすべてを開け終えたわたしは、洗い場へ向かった。スプリンクラーの当たらない場所には、じょうろで水を遣りをするのだ。大した量じゃないので、小さめのじょうろで三往復もすれば十分。

少し低めの洗い場の中にじょうろを置いて蛇口をひねる。
洗い場の高さが小柄なわたしにピッタリで、温室の元の持ち主だった祥さんのお母さまも小柄な方なのだろうと勝手に想像していたのだけど、そうではなかった。思いがけない人が、そのことを教えてくれたのだ。

昨日の夕方、呼び鈴が来客を告げ、ハウスキーパーの井上さんがすぐに応対に出た。
井上さんは事件の後ずっと、自分が門をきちんと施錠しなかったせいでわたしが危険な目に合ったのだと自分を責めていて、何度わたしが『大事に至らなかったし、もう体調も大丈夫ですよ』と言っても、家のことだけでなくわたしのことまで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるようになっていたのだ。

そんな井上さんに案内されて現れたのは、初めて見る初老の男性。
品よく整えられた髪は銀髪。高身長の背筋がピンと伸びていて、目尻の深い皺は大樹に刻まれた年輪のよう。まさに「ロマンスグレー」という言葉がピッタリの素敵なおじさま。

その人こそが、香月祐(たすく)―――祥さんの父親だった。
< 179 / 225 >

この作品をシェア

pagetop