愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
祥さんが両目を大きく見張った。

それから、厚さの同じ整った唇を一ミリも開くことなくぴたりと閉じたまま、わたしをそっとその場に下ろした。
なぜかそのまま黙って洗い場の中のじょうろを持ちあげると、くるりとわたしに背を向ける。

「祥さん…?」

プランターの方へと歩き出す彼の背中に呼びかけた。すると彼は背を向けたまま、少し早口に言う。

「早く水やりを済ませて家に戻るぞ」

確かに盛夏の太陽が上がり始めたら、この温室はみるみる気温が上がっていく。
わたしのことを心配してくれていると思ってはみるけれど、さっきの言葉を見事にスルーされたことに内心傷つかずにはいられない。

朝一番から『大好き』だなんて、暑苦しくて鬱陶しがられたのかも―――。

思わずしょぼんと肩を下げかけた時、彼が顔だけこちらに振り返った。

「今の言葉は家に戻ってからもう一度聞かせてくれ。そうじゃないと、今すぐここでおまえをたっぷりと愛で尽くすぞ?さすがにここでそんなことをしたら、お互いに干からびてしまうからな」

「え、めでっ…!?…や、あの……」

『そんなこと』ってどんなことですか?―――なんて訊いてはいけない予感しかない。

「ほら、寿々那。どこに水をやるんだ?」

「あっ、はい…!」

わたしは慌てて――でも走らないように気を付けて、祥さんのところへ向かった。


わたしたちの間に落ちた種は雨を受けて陽の光を浴びて、気付かないうちにこっそりと芽を出していたのかもしれない。

この芽を大事に育んでいきたい。

あなたをずっと愛していきたい。


朝の風と陽の光を浴びたハーブたちが、眠りから覚めたみたいに一斉にキラキラと輝いていた。




【完】
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