愛のない結婚のはずが、御曹司は懐妊妻に独占欲を放つ【憧れの溺愛シリーズ】
『丸ごと全部嘘』というわけじゃない。
だけど、どこをどうしたら『あの一夜』のことをそんなふうに脚色できるのだろう。
驚いて声を失うわたしに、彼はすらすらと淀みなく話を続けた。
「『ですがどうしても私は彼女を諦められませんでした。こんなタイミングになったことは心よりお詫びいたします。どうか私と寿々那さんの結婚を認めてください』」
脚色が過ぎる。どこをどうやったらそんなことになるのか。もう声も出ない。
「そしたらお義母さんが『分かりました。寿々那をお願いします』と、婚姻届けに署名をしてくださったんだ。俺の誠意を認めてくださったのだろう」
「…………」
仮に彼の言うことを全部母が信じたとして。
果たしてそんなにすんなりと事が運ぶだろうか。
母は百年続く老舗料亭の女将なのだ。そんなに甘い性格はしていないことは、娘のわたしが一番よく知っている。
なんとなく腑に落ちなくて黙り込んでいると、眉間に柔らかな感触を感じた。
それが音を立てて離れていくと同時に顔を上げると、すぐそこに濡れ烏のように艶やかに光る漆黒の瞳が。
「しょ、」
「嫌なのか?」
「え……?」
「寿々那は、俺の嫁になるのは嫌だったか?」
「そんなことはありませんっ…!嫌だったら婚姻届けにサインしたりしないっ!」
反射的にそう声を上げた。
ハッとした。何の迷いもなくそう言い切った自分にだ。
思えば、荒尾との結婚はあんなにも気が重くて仕方なかったのに、祥さんと婚姻届けを出すことにはまったく抵抗を感じなかった。たった半日を一緒に過ごしただけだったのに。
(なんでなんだろう………)
その答えを探そうと目の前の人をじっと見つめる。すると突然啄むようなキスをされた。あまりの早業に驚きの声を上げるひまもない。両目をぽかんと開けたまま固まってしまう。