エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
「も、もしそうなったとしても私は実家に帰りません。ひとりで生きていきます」

 震える声を一生懸命励まして、きっぱりと千春言う。
 掴まれた手とは反対の手で情報誌が入ったバッグを握りしめた。
 それを夏彦が鼻で笑う。

「バカだなぁ、病院しか知らない君がそんなことできるわけがないじゃないか。無一文で追い出されるんだよ。八神は……」

「彼はそんな人じゃないわ!」

 カッとなって千春は声をあげた。
 確かに清司郎との結婚は彼のキャリアを守るためのものだった。あと少しでその役割を終えるのだろう。
 それでもそれに千春は救われたのだ。
 生きる喜びを思い出して、新しい夢と目標を見つけた。
 清司郎がそれを教えてくれたのだ。
 彼との別れは避けられない。でもその日が来ても彼は千春を無一文で追い出したりはしないはず。
 千春がひとりで生きていけるように友人として、相談に乗ってくれるだろう。

「彼はあなたが言うような人じゃない!」

 言い切って千春は勢いよく夏彦の手を振り解く。
 夏彦が信じられないというように目を見開いた。

「君は……奴を……」

 千春の頬が熱くなる。形だけの結婚に本気になってしまった自分が恥ずかしいかった。
 でもこれだけは言わなくては!

「……くそ」

 夏彦が悪態をつく。
 傷ついたように千春を見つめるその視線が、やがて憎悪の色に変わった。

「俺は諦めないからな」

 唸るようなその言葉に千春は答えなかった。

「……失礼します」

 一礼して、くるりと向きを変え、そのまま歩き出す。
 もはや彼と話すことはなにもない。一刻も早くここから立ち去りたかった。
 その千春の背中に、夏彦の言葉がかぶさった。

「八神がどうなってもいいんだな」

「……え?」

 千春は足を止めて振り返った。
 その千春に夏彦が言い放つ。
< 144 / 193 >

この作品をシェア

pagetop