エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~
「あいつがどうなってもいいなら好きにしろ」

 声音も口調もガラリと変わって別人のようだった。
 でもそんなことよりも今彼が言った言葉の意図するところが千春には理解できない。

 清司郎がどうなってもいいのかとはいったい……?

 夏彦が唇を歪めてバカにしたように笑った。

「お前、俺の父親が誰だと思ってる。見合いから逃げて、面子を潰しておいてただ済むわけがないだろう。必ず後悔することになる。思い知らせてやる……八神に」

「そんな……!」

 千春は声をあげた。

「彼は、清君は関係ないわ! 私が逃げたのよ。私が……」

「連れ帰ったのはあいつだ!」

 夏彦が歯ぎしりをして、憎々しげに八神病院の建物を睨んだ。

「医学会に顔が効く俺の父親に睨まれたら、いくら優秀な医者でも未来はない。親父がその気になれば、不祥事をでっち上げて病院を潰すことだってできるんだ! 今回のことには相当頭にきてたから、もうきっと今頃……」

「や、やめて! そんなことしないで!」

 千春は震える手を握りしめて、ぶんぶんと首を振った。

「清君にはなにもしないで!」

「だったら利口になれよ、千春」

 一歩千春に歩み寄り、夏彦が千春の顎に手をあてる。
 ぞわりと嫌な感覚が背中に走り、千春は震えた。

「奴を守りたければどうすればいいか、世間知らずのお前でもわかるだろう?」

 千春はなにも答えられずに、こくりと白い喉を鳴らす。
 暗い瞳に見つめられて、その闇に飲み込まれてしまいそうだ。

「一週間待ってやる」

 夏彦が囁いた。

「手術成功が世間に発表されてから、一週間だ。その間に実家に戻れ」

 千春にとっての人生の終わりを宣告して、夏彦は不敵に笑う。
 そして千春の答えを待つことなく去っていった。

 残された千春はまた夢も希望もない世界に突き落とされるのを感じながら、その場に立ち尽くした。
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