エリート心臓外科医の囲われ花嫁~今宵も独占愛で乱される~

噂話

「あ、また降ってきた。もう……嫌になっちゃう」

 八神総合病院のエントランス、千春の隣で、女子大生の川上真矢(かわかみまや)がため息をつく。

「本当ね、このまま梅雨に入るのかしら」

 その向こうで倉橋が相槌を打った。
 湿った空気を感じながらどこか新鮮な気持ちで千春は空を見上げる。
 今までは天気など気にも留めなかった。晴れでも雨でも嵐でも病院から出られない自分には関係がないからだ。
 でも今、梅雨の季節に入るのを残念に思っている自分がいる。
 雨が嫌いではないけれど、散歩やお出かけがしにくくなるのは少しつらい。

「千春さん? 疲れちゃいました?」

 ぼんやりと空を見上げている千春に真矢が首を傾げる。
 千春はハッとして首を横に振った。

「ううん、大丈夫」

 この近くの短大に通う真矢はサークルで一番若いメンバーだ。
 倉橋が千春と気が合えばと真っ先に紹介してくれて、実際すぐに打ち解けた。以後、サークル活動はお互いにスケジュールを合わせて参加することが多かった。
 今日の読み聞かせは、倉橋と千春、真矢の三人だった。
 ついさっき終わって、出てきたところである。

「千春さん、今日は読み聞かせ頑張ったですからね」

 真矢が千春を労るように言った。
 今日千春ははじめての読み聞かせにチャレンジをした。
『失敗してもいいのよ。誰にだって、はじめてはあるんだから』という倉橋の言葉に勇気をもらって。
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