エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める
『文くんには自分で話すから言わないで』

 私はあの日、泣きはらした目をしながらも母にそう念を押した。

 あれから三日。文くんからは毎日連絡がくる。

 初めはどう返していいか気持ちが固まらなくて、返信しなかった。

 だけど、さすがに無視し続ける勇気もなくて、昨日ようやく【この間はごめんなさい。次に会った時に話があります】と送った。
 送信ボタンに触れるまで、ものすごく時間が掛かった。

 彼からは【わかった。明日の夜に行く】と返ってきて、ますます気持ちが落ち込んでいた。

 なにもせずにいたら、そのことばかり考えてしまう。

 そう思って、私は仕事で気を紛らわせようとした。しかし、叶わなかった。

 この間まで、明るい未来を描くストーリーを紡ぐのに、なんの偏見も苦労もなかった。
 当たり前のように、主人公や他の登場人物に幸せを予感させるラストを用意していた。

 今執筆している作品も、もうあとわずかなのに続きが書けない。

 締め切りまであと四日。私の気持ちは焦る一方だった。
 なにもできずに時間だけが過ぎていく。

 部屋でぼんやりとしていたら、スマートフォンが着信を知らせた。

【今から行くよ】

 時計を見れば、もう午後六時。
 文くんからのメッセージに緊張が走る。

 それから約一時間後、彼は私の実家へやってきた。

 母は気を遣ってか、父と買い物に出掛けてくれた。

 私は前回と同じく、文くんを部屋に案内する。部屋に入って改めて彼を見ると、頬や耳が薄っすら赤くなっていた。

「寒そうだね」
「あー、今日は最高気温がひと桁だったから。さすがに寒い」
「そっか……。ずっと家の中に籠ってたから……」

 たわいのない話が途切れ、しんと静まり返る。
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