エリート脳外科医は契約妻を甘く溶かしてじっくり攻める
 澪は俺に対して絶大な信頼を寄せている。

 自惚れと言われるかもしれないが、長年の付き合いもある上、同居後の彼女の言動からひしひしと伝わってることだ。

 だからこそ俺は、彼女の気持ちを裏切らないような振る舞いを心掛けたい。
 それに――。

 下ろした瞼の裏に浮かぶのは、ミイの傷ついた顔と泣き顔。

 俺が知り合いのドクターや教授にやたらと縁談を持ちかけられて、ほとほと疲れ果てていた時。

 俺がミイの必死な思いで提案した入籍の厚意を即座に遠慮し、ひどく傷心させたのを鮮明に覚えている。

 あれは澪が嫌とかそういった理由ではなく、あくまで俺の都合で彼女を縛るのは避けたくて即答しただけだ。
 しかし、言葉が足りなかったせいで、澪は薄っすら涙を浮かべていた。

 隠していたけれど、それに気付いた俺は得も言われぬ感情を抱いた。
 以来、俺は彼女にできる限りああいった顔をさせないと心に誓った。

 一般的に考えて俺の方が八つも年上なわけだし、向こうのペースに合わせてあげるのがベストだ。

 それからバスルームからリビングに戻ると、食欲をそそるいい香りが漂ってきた。ダイニングテーブルには美味しそうな料理が並んでいる。

「いい匂いがする。親子丼?」
「うん」
「あ、そういやミイが好きだったか」
「え」
「あれ? 違った? あー、さすがに大人になれば嗜好も変わるか」

 なにげなく口にしたけれど、澪の反応が微妙だったため慌ててフォローした。
 彼女は味噌汁を運び終えると、照れくさそうにぽつりと答える。

「ううん。今も好きなの。覚えててくれて……びっくりしたのと、うれしいと思っただけ」

 俺はきょとんとした後、「ふっ」と笑いを零した。

 彼女の心境はわかる。多分、俺も澪といて時々感じるものと一緒だろう。
 前に、俺が医者になった経緯をずっと見て彼女なりに理解してくれていて、さらに現在の俺の身体を心配してくれた。

 あの瞬間、少しの恥ずかしさと、その何倍ものうれしさが込み上げてきた。
 おそらく、あの感情と同じ。

「なんだろ。別に意識して過ごしてきたわけじゃないけど、ミイのこと結構覚えてるしわかる気がする。大事なのは昔から変わらないから。ああ、でも今はちょっとずつ変化はしてるな」

 澪は俺の言葉の真意を汲み取って赤面する。
 堪えきれずに吹き出して、彼女のきめ細やかな頬を撫でる。

「顔がトマトみたい」

 途端に赤みを増す彼女は、あたふたして必死に話題を変える。

「そうだ。文くん、スマホ鳴ってたよ。短い通知だったから電話ではなさそうだったけど、何回か連続で通知きてた。あっ。見てないからね」
「別にミイが見ても気にしないよ」

 ローテーブルの上に置いてあったスマートフォンを拾い上げ、着信内容を確認する。
 東郷からのメッセージだ。

【来週の金曜日、合コンあるから予定空けられる? 天花寺を入れたらちょうどバランスいい感じなんだけど~】

 本文の前後に女子ウケしそうな可愛いスタンプまで送られてきている。

 俺相手にもこんなメッセージをしてくる辺り、普段からこういったスタンスのメッセージをしてるのか。
 それにしても……。
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