過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
どれほど時間が経っただろうか。いつの間にか拓斗も自席に戻っていたようで、パソコンに向かう姿が見える。

「美香、何かあったの?」

よほど様子がおかしかったらしく、やっと手を止めた私を真由子が心配そうに伺ってきた。

「何も、ないよ」
「そう? なんだか思い詰めていたようだけど」

何もない。拓斗は私には、何も言ってないのだから。聞かなかったと思えばいいのだ。
朔也のときだってそうだった。当時の浮気疑惑も一度は尋ねたものの、きっぱり否定された後は何も言わなくて平穏に過ごせていたのだ。
だから、拓斗ともそうして過ごしていればいい。少しでも長く、この関係が続くように。

「ちょっとね。なんか……煮詰まっちゃって」
「そう? メインのドレスが完成して、燃え尽きちゃった感じ?」
「そんなところ、かな」

真由子は同じデザインの勉強をしてきた同志だ。ゼロから生み出す苦労は、彼女だって何度も感じてきたはず。
ひとつの作品を作り終えて再びスタート地点に立つのは、楽しみな反面、動き出すために膨大なエネルギーが必要で少々尻込みしてしまうときもある。多少歯切れが悪くなっても、彼女ならそういうものだと思ってくれるだろう。

「そっか。気分転換するといいかもしれないね」

でも、今の私の状態はそれが原因ではない。
友人として同僚として、本心から私を気にかけてくれる真由子を騙しているようで、なんだか申し訳なくなってしまう。「ごめん」と心の内で謝りながら、曖昧な笑みを浮かべた。

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