過保護な御曹司の溺愛包囲網~かりそめの妻かと思いきや、全力で愛されていたようです~
冷静に考えたら、向こうが独身であるならば不都合など何もない。あの夜、一緒に飲んでいただけで何かを疑われるのも嫌で、隣に来られて咄嗟に確認した彼の左手にはたしかに指輪はなかった。外しているだけの可能性もあるが、だとしたらそこはもう知りようがない。
とにかく、慣れない行動をしてしまったとただでさえ焦っていた私は、二度と会わないだろうと思っていた相手の登場に、すっかり混乱していた。

ひと晩遊んだだけの女を、なぜ公衆の面前で呼び止めるのか。気づいていたとしても、他人のふりをして欲しかった。

「ミカ?」

近くにいたジゼルが、呼ばれてるわよと私を引き留めてくる。
私の不自然な様子には気づいていないようで、彼女はにこやかな笑みを浮かべていた。

あれだけはっきり名前を呼ばれたのだ。ここにいた多くの人間に、当然聞こえただろう。
せめて偽名を告げるべきだった。酔いが回って口を滑らせた、あのときの自分が憎い。

さすがに無視もできず、恐る恐る振り向けば、こちらに近づいてくる拓斗との距離はわずか二メートルほどになっていた。
その表情は、不意打ちの再会を驚くでも焦るでもないようだ。一体何を考えているのかはわからないが、ホテルから逃げるようにして去った身としてはマイナスの感情が見られないのはとりあえずよかった。

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