呪われ侯爵の秘密の花~石守り姫は二度目の幸せを掴む~


 クリスは左手にいつも付けている黒革の手袋をおもむろに外す。
 その手のひらには、ナイフで切ったような無数の傷痕があった。
「クリス様、これはっ……」
 その痛々しい傷痕にエオノラは口元に手を当てて青ざめる。
 まさか自暴自棄になって自傷行為をしているのだろうか。
 言葉を失っていると、クリスがダイヤル式の錠を解錠し、閂を抜いて鳥かごの中に入っていた。次にルビーローズの陰に隠れていた木箱の中からナイフを取りだしてエオノラに問う。

「狼神の話は知っているか?」
「はい、もちろんです。王国民であれば誰もが知っている物語です」
 エオノラは幼い頃乳母に聞かされた狼神の内容を思い出す。
「狼神が永遠の眠りにつく前に語った言葉があるだろう? あの時語った内容は呪いを解くヒントになると思っている。――我の屍の上に咲く植物をその血を以て守り花を咲かせよ。番を見つけなければこの土地の厄災は永遠に主である王家を蝕むだろう」
 クリスはルビーローズの上に左手を持って行くと、躊躇いもなく手のひらをナイフで傷つけた。拳を作り力強く握れば、指の間から鮮血が滴っていく。

「クリス様! 一体何をなさっているんですか!?」
 突然の行為に驚いたエオノラは慌てて鳥かごの中へ入ると、彼の左手首を掴んだ。
「狼神の言葉の通りだ。その血を以てルビーローズを守れば花は咲く。だからこうやって私の血を与えているんだ」
「でもこれは……」
 正気の沙汰とは思えない。いや、解決策がないクリスにとってできることといえばこれくらいなのかもしれない。傷薬を携帯していたのは、定期的に行っているからだろう。
 エオノラは泣き出しそうになるのを必死に堪えてクリスにしがみついた。

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